集合論と圏論の架け橋・深化編(30語)

1. 写像の分解と種類

111. 核対 (Kernel Pair) 「Kernel」は「中核、種」の意。集合論では、写像 に対して、 となる要素のペア全体 のこと。同値関係を作る。 【圏論での注意】 から自分自身への二つの射の組」として定義され、プルバック(引き戻し)の一種です。集合論における「同値関係」を、要素を使わずに射の可換性だけで表現するための構造です。

112. 余像 (Coimage) 「Co(双対)」と「Image(像)」の合成。集合論では、定義域を核(カーネル)で割った商集合 のこと。第一同型定理により、像と自然に同型になる。 【圏論での注意】 「射を核対のコイコライザー(商)として分解したもの」として定義されます。集合圏 Set では像と余像は一致しますが、一般の圏では一致するとは限らず、その一致具合が圏の性質(アーベル圏など)を決定づけます。

113. 切断 (Section) ラテン語の「sectio(切ること)」に由来。集合論では、全射 に対し、逆向きに を満たす写像 のこと。右逆写像。 【圏論での注意】 「分裂単射(Split Monomorphism)」とも呼ばれます。あらゆる圏で定義可能ですが、集合圏における「すべての全射は切断を持つ」という性質は「選択公理」と同値です。圏論では選択公理が成り立たない場合も多いため、切断の存在は自明ではありません。

114. レトラクション (Retraction) ラテン語の「retrahere(引き戻す)」に由来。集合論では、単射 に対し、逆向きに を満たす写像 のこと。左逆写像。 【圏論での注意】 「分裂全射(Split Epimorphism)」とも呼ばれます。大きな対象を小さな部分対象へ「押し潰す」操作ですが、構造を保つ必要があります。トポロジーにおけるレトラクト(連続写像による引き込み)の一般化です。

115. 正則単射 (Regular Monomorphism) 「Regular(規則正しい)」は、イコライザーとして得られることを意味する。集合論では、任意の部分集合は何らかの関数の解集合(等式条件)として記述できるため、単射はすべて正則。 【圏論での注意】 「ある二つの射のイコライザー(解集合)として表現できる単射」のこと。一般の圏では、単なる単射(モノ射)よりも厳しい条件です。「数学的に良い性質を持つ(定義可能な)部分集合」に対応します。

116. 正則全射 (Regular Epimorphism) 「Regular」は、コイコライザーとして得られることを意味する。集合論では、全ての全射は商集合への射影とみなせるため、全射はすべて正則。 【圏論での注意】 「ある二つの射のコイコライザー(商)として表現できる全射」のこと。単なる全射(エピ射)では不十分な場合(例えばハウスドルフ空間の圏など)に、「本当に商構造を持っている全射」を区別するために使われます。

117. ゼロ対象 (Zero Object) 「無」を表す対象。集合論には存在しない概念(空集合と一点集合は異なるため)。代数学におけるゼロ群やゼロ加群の一般化。 【圏論での注意】 「始対象かつ終対象である対象」のこと。一点集合かつ空集合であるような不思議な対象です。集合圏 Set には存在しませんが、ベクトル空間の圏や群の圏など「核」や「直和」を議論する代数的な圏では中心的な役割を果たします。

2. 圏の構造と分類

118. 具体圏 (Concrete Category) 「Concrete(具体的な)」対象を持つ圏。集合論的な「要素を持つ集合」とその間の「写像」として理解できる圏のこと。群、環、位相空間の圏などはこれにあたる。 【圏論での注意】 正確には「集合圏 Set への忠実な忘却函手を持つ圏」と定義されます。つまり、対象を「集合+構造」とみなせる圏です。しかし、ホモトピー圏など、集合として捉えることが不可能な「具体的でない圏」も現代数学には多数存在します。

119. 離散圏 (Discrete Category) 「Discrete(離散的な)」とは、バラバラであること。集合論では、離散位相(全ての部分集合が開集合)などに使われる。 【圏論での注意】 「対象はあるが、恒等射以外の射を持たない圏」のこと。つまり、ただの「集合」を圏とみなしたものです。圏論の操作を集合論の操作に帰着させる際や、図式の添字(インデックス)として頻繁に登場します。

120. スライス圏 (Slice Category) 「Slice(一切れ、断面)」の意。ある特定の集合 への写像 全体を考える集合論的視点を圏化したもの。「 上の対象」の圏。 【圏論での注意】 ある対象 を固定し、そこへの射 を「対象」とみなす圏。ファイバー束や被覆空間の理論など、「相対的な」議論を行うための基礎です。トポス理論では、スライス圏もまたトポスになる(基本定理)という重要な性質があります。

121. 骨格 (Skeleton) 「Skeleton(骨組み)」の意。集合論では、濃度(要素数)が同じ集合の中から代表元を一つ選んで作った族に相当する。無駄な重複を削ぎ落とした形。 【圏論での注意】 「同型な対象は一つしかない」ように縮約された部分圏のこと。圏論では同型な対象は区別しないのが基本ですが、骨格をとることで、圏を「サイズが小さい(集合的な)」形に圧縮し、分類を行いやすくします。

122. 生成対象 (Generator) 「Generate(生成する)」に由来。集合論では、写像の等しさを判定するために使える要素(定義域の点)のこと。 【圏論での注意】 「セパレータ(Separator)」とも呼ばれます。射 が異なれば、この対象からの射 によって区別できる( となる)対象のこと。集合圏では一点集合 がこれにあたります。要素を使わずに「要素ごとの比較」を行うための道具です。

123. 余生成対象 (Cogenerator) 生成対象の双対。集合論ではあまり意識されないが、写像の行き先として使うことで射を区別できる対象。 【圏論での注意】 が異なれば、この対象への射 によって区別できる( となる)対象。位相空間の圏や群の圏などにおいて、対象をその空間への写像として表現(埋め込み)するために重要となります。

124. 両立積 (Biproduct) 直積(Product)と直和(Coproduct)が一致(同型)する構造。集合論の有限集合では は全く別物(掛け算と足し算)なのでありえない。 【圏論での注意】 アーベル圏(可換群のような圏)など、代数的な構造を持つ圏に見られる特殊な性質。行列を用いて射を計算できるなど、線形代数に近い操作が可能になります。集合圏では直積と直和は一致しません。

3. 函手と変換の性質

125. 忘却函手 (Forgetful Functor) 構造を「忘れる」函手。集合論的には、群 から演算規則を取り去り、単なる台集合 とみなす操作。 【圏論での注意】 具体圏から集合圏への函手 。非常に単純に見えますが、これの「左随伴函手」として「自由群」や「自由環」などの「自由対象」が定義されるため、代数学の構造を理解する上で最も基本的な函手です。

126. 自由函手 (Free Functor) 「Free(自由な、制約のない)」に由来。集合論的には、基底集合から自由群やベクトル空間を生成する操作。忘却函手の逆のような働きをする。 【圏論での注意】 忘却函手の左随伴(Left Adjoint)。集合 から、最も「一般的」で「余計な関係式を持たない」構造を作り出します。圏論における「自由」とは、随伴性によって厳密に定義される普遍的な性質です。

127. 表現可能函手 (Representable Functor) ある対象 を用いて という形で書ける函手。集合論的には、ある集合からの写像全体を考えること。 【圏論での注意】 「米田の補題」の核心。抽象的な函手(構造の対応関係)が、実はある一つの対象 によって「代表」されている状態。モジュライ空間の理論など、「ある性質を持つ対象全体」を一つの空間とみなす際に不可欠な概念です。

128. 充満・忠実 (Full / Faithful) 「Full」は射が満ちていること、「Faithful」は情報を失わない(忠実な)こと。集合論の「全射」「単射」の概念を、函手が射に作用する局所的な性質として適用したもの。 【圏論での注意】 函手 が、各対象間の射の集合(ホムセット)に対して全射(充満)か単射(忠実)かを表します。忠実函手であれば、移した先の圏 で構造を調べても元の圏 の情報を失いません(部分圏としての埋め込みなど)。

129. 埋め込み (Embedding) 集合論では、構造を保つ単射のこと。ある対象が別の対象の内部に「部分」としてすっぽり入ること。 【圏論での注意】 通常は「忠実かつ充満で、対象について単射的な函手」を指します。これにより、ある圏を別の大きな圏の「部分圏」とみなせます。米田埋め込みは、どんな圏も「集合値函手の圏(前層の圏)」の中に埋め込めることを示しています。

130. 圏同値 (Equivalence of Categories) 集合論の「同型(完全な一対一対応)」よりも緩い、「本質的に同じ」とみなせる関係。逆函手との合成が恒等射ではなく「自然同型」であればよい。 【圏論での注意】 圏論における「等しさ」の標準的な基準。対象の数は違っても(スケルトンが同じなら)構造は同じとみなします。例えば「有限次元ベクトル空間の圏」と「自然数(行列のサイズ)の圏」は同値です。同型を要求するのは厳しすぎるため、通常はこちらを使います。

4. 論理・トポス・集合論的拡張

131. ふるい (Sieve) 「ふるい(Sieve)」にかける、の意。エラトステネスのふるいと同じ語源。集合論的にはフィルターに近いが、圏論では「ある対象への射の集まりで、右合成について閉じているもの」を指す。 【圏論での注意】 グロタンディーク位相(圏の上に位相空間のような構造を入れる概念)を定義するための基礎部品。部分集合の概念を「射の集まり」として一般化したもので、被覆(Covering)を定義するために使われます。

132. 前層 (Presheaf) 位相空間上の関数の芽などの「層(Sheaf)」になる前の段階。集合論的には、圏 の各対象に集合を割り当てる操作(函手 )。 【圏論での注意】 を「空間」、対象を「開集合」と見立てたとき、その上の局所的なデータを表すモデル。米田の補題により、圏 はその前層の圏の中に完全に埋め込まれます。集合論のモデルを作るための「広大な宇宙」を提供します。

133. 内部ホム (Internal Hom) 集合論における配置集合 (関数空間)を、圏の内部の対象として定義したもの。射の集まり(ホムセット)は通常、圏の「外」にある集合だが、それを圏の「中」に取り込んだもの。 【圏論での注意】 閉圏(Closed Category)において定義されます。これにより、関数そのものを対象として扱えるようになり、ラムダ計算やプログラム意味論のモデルとなります。「射をデータとして扱う」ための構造です。

134. 評価射 (Evaluation Map) 集合論における「関数適用」 を表す写像。関数と引数の組から値を得る操作。 【圏論での注意】 内部ホム(指数対象)の定義に含まれる射 。随伴関係によって導かれます。これが存在することは、その圏が「計算」を実行できる能力を持っていることを意味します。

135. 一般化された要素 (Generalized Element) 集合論の「要素 」を、圏論的に「任意の対象 から への射 」と解釈し直したもの。 【圏論での注意】 が終対象なら通常の要素(大域要素)ですが、 を時間軸やパラメータ空間とみなせば「変動する要素」を表せます。要素を持たない抽象的な対象に対し、要素を用いた集合論的な証明手法(図式追跡など)を適用するための思考ツールです。

136. 点付き対象 (Pointed Object) 基点(ベースポイント)を持つ集合のこと。集合論では というペア。 【圏論での注意】 終対象から への射(点)を指定された対象。ホモトピー論などでは、基点を保つ写像のみを射として扱います。圏論的には、スライス圏(あるいはコスライス圏)の対象として記述されることもあります。

137. デカルト閉圏 (Cartesian Closed Category / CCC) 直積(デカルト積)と指数対象(関数空間)を持つ圏。集合論の主要な構造(積と冪)を備えている。 【圏論での注意】 直観主義論理やラムダ計算のモデルとなる非常に重要な圏。集合圏 Set はCCCですが、ベクトル空間の圏などは(テンソル積については閉だが)デカルト積については閉じていないためCCCではありません。

138. 宇宙 (Universe) グロタンディーク宇宙など。集合論における「すべての集合の集まり」がパラドックスを起こすため、数学を行うために十分な大きさを持った「閉じ込められた巨大な集合」。 【圏論での注意】 「小さな圏」と「大きな圏」を扱うための舞台装置。圏論では「圏の圏」などを考える際にサイズの問題が頻発するため、宇宙公理(ZFCに「宇宙が存在する」という公理を追加したもの)を仮定して議論することが一般的です。

139. 完備化 (Completion) 集合論における「有理数の完備化(実数を作る)」や「距離空間の完備化」の一般化。足りない極限(Limit)を付け足して、構造的に完全なものにする操作。 【圏論での注意】 圏に極限操作を自由に行えるように拡張すること(例:Ind-completion)。これにより、有限的な対象から無限的な対象を構成したり、近似列の極限を扱えるようになったりします。前層の圏への埋め込みは一種の完備化です。

140. 降下 (Descent) 「Descent(降りる)」の意。局所的(Local)なデータを貼り合わせて大域的(Global)な構造を作る(降りてくる)こと。集合論における「被覆を使った関数の貼り合わせ」の超高度な一般化。 【圏論での注意】 「ベクトル束」や「スキーム」など、複雑な幾何学的対象が、実はより単純な被覆上のデータの貼り合わせと同値であることを示す理論(グロタンディークの降下理論)。ファイバー付き圏やスタック(Stack)という概念を用いて定式化されます。