第三部は神学大全の完成へと向かう最終部であり、人類の救済の中心をなすイエス・キリストの人格・行為と、その救済の実効的媒介としての秘跡について論じる。全九十問(うち最後の数問は未完)から成り、アクィナスは1273年に突然著述を中断した。

一 受肉の適切性と必然性(第一問〜第三問)

受肉(Incarnatio)とは神の御子(ロゴス)が人間性を取られた出来事であり、キリスト教神学の根幹をなす。アクィナスはまず「受肉は適切(Conveniens)であったか」という問いを立てる。受肉の「適切性」とは論理的必然性ではなく、神の知恵と善性に照らした整合性である。

受肉は人類の罪からの解放のために必要であったかという問いに対し、アクィナスは「絶対的必然性はなかった」が「仮定的必然性(Necessitas Consequens)」があったと答える。神は人類を他の手段でも救済できたであろうが、現に神が人類の罪に対してこの救済方法を選んだ以上、キリストによる贖いが唯一の現実の救済方法である。

また有名な問い「アダムが罪を犯さなかったとしても受肉はあったか」については、アクィナスは「罪のための受肉」説をとり、罪がなければ受肉もなかったと考える。これはドゥンス・スコトゥスの「絶対受肉説」(罪がなくても受肉はあった)と対立し、スコラ神学における二大立場を形成した。

二 キリスト論(第四問〜第五十九問)

アクィナスのキリスト論の基盤はカルケドン公会議(451年)の定義、すなわち「一つのペルソナのうちに二つの本性(神性と人性)」という教義である。アクィナスはこの教義を哲学的に精密化する。

「位格的合一(Unio Hypostatica)」の概念が中心をなす。キリストにおいて、神の御子のペルソナ(位格)が人間の本性を担う。人間の本性は位格として自立することなく、神の御子のペルソナにおいて存立(Subsistit)する。したがってキリストのペルソナは一つであり、本性は二つである。

知識論に関してアクィナスは、キリストの人間的知性に複数の知識の様態を認める。第一に「至福直観(Visio Beatifica)」̶̶神を直接見る知識̶̶を受肉の瞬間から保有していた。第二に「注入された知識(Scientia Infusa)」̶̶天使が持つような超自然的知識̶̶を持っていた。第三に「経験的知識(Scientia Experimentalis)」̶̶感覚的経験から形成される人間的知識̶̶を持ち、これは成長した(ルカ2:52「イエスは智慧と身長において成長した」)。

キリストの意志については、神的意志と人間的意志の二つがあるが、人間的意志は神的意志と完全に一致して動く。ゲッセマネの園の祈り(「この杯を取り除いてください」)における緊張は、人間的感受性的意志と理性的意志の区別によって説明される。

キリストの「首位の恩寵(Gratia Capitis)」の概念も重要である。キリストは「教会の頭(Caput Ecclesiae)」として、すべての信者に恩寵を流し込む源泉である。これは秘跡論の基礎となる。

キリストの「苦難(Passio)」と贖罪論については詳細な分析が行われる。アクィナスはキリストの苦難を「功績(Meritum)」「満足(Satisfactio)」「身代金(Redemptio)」「犠牲(Sacrificium)」「功能(Efficacia)」の複数の観点から論じ、どれか一つに還元されない多面的な意味を持つと主張する。

三 秘跡論(第六十問〜第九十問)

秘跡(Sacramentum)の一般論では、秘跡は「目に見えない恩寵の目に見えるしるし(Signum Rei Sacrae / Visibile Signum Invisibilis Gratiae)」と定義される。アクィナスは秘跡論においても記号論的思考を展開し、秘跡は過去(キリストの受難)を記念し、現在(恩寵の授与)を実現し、将来(永遠の命)を予表するという三時制的象徴構造を持つと論じる。

秘跡が恩寵を「もたらす(Causare)」メカニズムについて、アクィナスは「道具的因果性(Causalitas Instrumentalis)」の概念を用いる。秘跡は大工の鑿のように、主要原因である神の道具として機能し、神的能力に参与することによって実際に恩寵の原因となる。この「秘跡はそれ自体で恩寵を起こす(Ex Opere Operato)」という立場は、後のトレント公会議で定義される。

洗礼(Baptismus)

「秘跡の門(Janua Sacramentorum)」であり、洗礼なしに他の秘跡の恩寵に与ることはできない。洗礼の効果は原罪と現実罪のすべての罪の赦免であり、信仰・希望・愛徳の注入であり、「キリストのしるし(Character Baptismalis)」の刻印である。

聖体(Eucharistia)

アクィナスにとって最も重要な秘跡であり、キリストご自身が実在する秘跡である。「実体変化(Transubstantiatio)」の教義̶̶パンとワインの実体がキリストの体と血の実体へと変化する̶̶が詳細に哲学的に分析される。アリストテレスの「実体(Substantia)」と「付帯性(Accidentia)」の区別を用いて、パンとワインの付帯性(形・色・味)は残りながら、その実体がキリストの体と血に変わることが可能であることが論じられる。

告解(Paenitentia)

悔い(Contritio)・口頭告白(Confessio Oris)・罪の賠償(Satisfactio Operis)の三要素が秘跡の「質料」をなすと論じられ、司祭の赦しの言葉が「形相」をなす。