第七章:極限・余極限と版の統合
第七章 極限・余極限と版の統合
7.1 版の普遍的統合としての極限
圏論における極限(limit)の概念は、「複数の対象と射の情報を一つに統合したとき、最も節約的(economical)な統合対象」を与える。ブルックナーの版問題において、複数の版を「統合する」試みは文献学的・演奏実践的にしばしば行われてきた。極限の概念は、このような統合の「正しい」形式的定義を提供する。
7.1.1 余積(Coproduct)としての「全版集積」
最も素朴な統合概念は余積(coproduct)、すなわちすべての版の「不連続な和(disjoint union)」である。余積 ⊔_i v_i はすべての版の素材を個別に保ちながら一つの対象に統合する。しかしこれは「全版集積」に過ぎず、版間の関係は失われる。
7.1.2 押し出し(Pushout)としての「最小共通拡張」
二つの版 v₈¹ と v₈² が共通の起源 C(ブルックナーの初期スケッチ)から派生している場合、押し出し(pushout)が「最小の共通拡張」を与える。
C ──f──> v₈¹
|g |
↓ ↓
v₈² ──> P [Pushout P]
押し出し P は「v₈¹ と v₈² の両方の変更を C から出発して最小限に包含する版」である。これはブルックナーが両方の改訂を同時に行っていた場合に到達しえた「仮想の版」として解釈できる。
重要なのは、実際のハース版がこの押し出しに相当するかどうかという問いである。ハース版は1887年版と1890年版の素材を組み合わせているが、それが「最小共通拡張」(押し出し)であるかどうかは非自明である。ハース版の批判者が指摘するのは、ハース版が押し出しではなく、恣意的な「混合(eclecticism)」であるという点である——すなわち、ハース版は Pushout の普遍性条件を満たさないということである。
7.2 引き戻し(Pullback)と「版の公約数」
引き戻し(pullback)は、二つの版が共通する構造的「核(core)」を抽出する操作として機能する。
7.2.1 第八番の引き戻し分析
1887年版 v₈¹ と1890年版 v₈² は、ともにある「共通の意図的核 K」から出発している(少なくとも第一楽章の提示部や第二楽章スケルツォの主要素材は両版で実質的に同じ)。引き戻し P を以下のように構成する。
P ──p₁──> v₈¹
|p₂ |f₁
↓ ↓
v₈² ──f₂──> K [共通基盤 K へ射]
引き戻し P は「v₈¹ と v₈² の両方において同じ機能を果たす部分」の集合体である。これは「版横断的なオーセンティックな核」の形式的定義として機能する。
具体的に言えば、第八番の引き戻し P には以下が含まれるだろう。第一楽章の主題素材(第一主題・第二主題・第三主題の基本形)、第二楽章スケルツォの基本的な形式構造、第三楽章アダージョの主題(ただし発展の規模は除く)、第四楽章フィナーレのコラール主題。
逆に、引き戻し P に含まれないもの(すなわち版固有の要素)は、1887年版特有のコーダ形式、1890年版特有のアダージョの拡張部分、両版で異なる管弦楽法の細部等である。
7.3 終対象(Terminal Object)としての「理想版」
版圏における終対象(terminal object)1 は、すべての版から唯一の射を受け入れる「理想版」である。形式的には、
∀v ∈ ob(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈), ∃! f_v : v → 1
この「理想版」の概念は、音楽学的に言えば「真のブルックナー」「作曲者の最終意図」に相当するものである。しかし、実際の版圏において終対象が存在するかどうかは非自明の問いである。
終対象が存在しないケース(ブルックナーの版問題の現実):各版から「唯一の」射が存在するような版は存在しない。ハース版はすべての版からの射を受け入れるが、その射は一意でない(ハース版への変換方法が複数存在する)。ノヴァーク版(1887年)は1887年自筆稿からは「唯一の」校訂射を受け入れるが、1890年版からの射は自明(trivial)でしかない。
したがって、版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ には終対象が存在しない可能性が高い。これは形式的に「ブルックナーの真の最終版は存在しない」という歴史的・美学的結論に対応する。版圏が終対象を持たないという圏論的事実は、版問題が本質的に未決定であることの形式的表現である。
7.4 米田の補題(Yoneda Lemma)と版の表現
圏論の最重要定理の一つである米田の補題(Yoneda Lemma)は、版圏の分析においても根本的な洞察を提供する。
𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈(v, -):𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ → 𝐒𝐞𝐭
版 v を「表現可能函手(representable functor)」によって特徴づけることができる。𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈(v, -) は、v から他の任意の版への射の集合を対応させる函手であり、「v の視点から見た版圏の構造」を表す。
米田の補題は次のことを述べる。
Nat(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈(v, -), F) ≅ F(v)
すなわち、函手 F(例えば「各版の和声的複雑さを数値で返す函手」)への自然変換の集合は、F(v)(v の和声的複雑さ)と自然同型である。これは「版の性質は、その版が他の版とどのように関係しているかによって完全に決定される」という根本的な洞察を表す。版の「本質」は版そのものの内部ではなく、版の「関係網(web of relations)」のなかにある。
この米田的観点は、ブルックナー版問題への根本的な視点転換を促す。「どの版が真のブルックナーか」という問いを「版そのものの内部性質」に求める代わりに、「どの版が他の版との関係において最も中心的(central)な位置を占めるか」という問いに転換することができる。