第四章:改訂プロセスの射としての分析

第四章 改訂プロセスの射としての分析

4.1 改訂射の分類学

ブルックナーの改訂プロセスを射として分析する際、改訂の種類を細かく分類することが重要である。ここでは改訂射の分類学(taxonomy of revision morphisms)を提案する。

4.1.1 削除射(Deletion Morphism)

削除射 del : v → w は、v に存在する音楽的内容が w では削除されている変換を表す。形式的には、𝕊(w) ⊂ 𝕊(v)(w の内容が v の内容の真部分集合)という関係が成り立つとき、del : v → w はモノ射(単射)ではなく、むしろ「サリエント・エピ射(surjection onto essential content)」として性格づけられる。

第三番の第一稿から第二稿への変換は主要な削除射の例である。ワーグナーの「タンホイザー」序曲、「ヴァルキューレ」の騎行、「神々の黄昏」の素材への引用が第二稿では除去された。また、第一楽章の展開部において約100小節以上のカットが行われた。この削除射は不可逆的であり(失われた素材は第二稿からは復元できない)、圏論的に言えば逆射が存在しない。

4.1.2 拡張射(Extension Morphism)

拡張射 ext : v → w は、v の内容が w では拡張・発展されている変換を表す。𝕊(v) ⊂ 𝕊(w) という関係が成り立つ場合がこれに相当する。拡張射はモノ射的な性格を持ちやすい(v の情報が w に保存される)。

第八番の第一楽章において、1890年版では1887年版のコーダが大幅に拡張された。また第三楽章アダージョも1890年版で大幅に拡張されている。これらは拡張射の典型例である。

4.1.3 変換射(Transformation Morphism)

変換射 trans : v → w は、v の素材が質的に変換されて w に現れる変換を表す。和声進行の変更、調性の変更、声部書法の書き換えなどがこれに相当する。変換射は削除でも拡張でもなく、素材の「変形(deformation)」として捉えられる。

第四番第二楽章(緩徐楽章)は版によって大きく変化しており、同じ主題素材が大きく異なる調性・和声コンテクストに置かれることがある。これは変換射の典型例であり、主題のアイデンティティは保たれつつも、その調性的文脈は変化するという「部分的同型性」を持つ。

4.1.4 置換射(Substitution Morphism)

置換射 sub : v → w は、v のある楽章・セクションが w では全く別の素材に置き換えられる変換を表す。これは最も強い形の「差異」を表す射であり、置換前後の素材の間に主題的連続性がほとんどない。

第四番のスケルツォ変更は置換射の典型例である。1874年版のスケルツォ(ハ短調、3/4拍子の「狩り」テーマ)は1878年版で別の楽章(変ホ長調、3/4拍子だが全く異なる素材)に置き換えられた。圏論的に言えば、この置換射は対応する射影が存在しない(両版のスケルツォから何か共通のものへの射が得られない)という意味で、引き戻し(pullback)が自明(trivially empty)になりうる。

4.2 外的圧力と改訂射の方向性

ブルックナーの改訂が純粋に内発的であったか、それとも外的圧力(弟子・指揮者・批評家・聴衆からのフィードバック)によって動機づけられたかという問題は、改訂射の「方向性」に関わる問題として圏論的に定式化できる。

4.2.1 内発的改訂と外発的改訂の圏論的区別

内発的改訂(intrinsic revision)は、ブルックナーが自律的な美学的判断から行った変更を指す。外発的改訂(extrinsic revision)は外部からの要求・批判・助言に応じた変更を指す。

この区別を圏論的に定式化するには、「改訂の動機の圏」を別途構成する必要がある。動機の圏 𝐌𝐨𝐭 の対象を「改訂動機(ブルックナー自身の判断、レヴィの拒否、ハンスリックの批判等)」とし、動機から版変換への函手 Φ : 𝐌𝐨𝐭 → 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 を考えることができる。この函手が充満でないことは、ある版変換が特定の動機によっては説明できないことを意味する。

4.2.2 弟子の介入とオーセンティシティ

ヨーゼフ・シャルク(Josef Schalk)、フランツ・シャルク(Franz Schalk)、フェルディナント・レーヴェ(Ferdinand Löwe)といったブルックナーの弟子たちは、彼の作品の改訂と初演に深く関与した。これらの弟子による介入は版圏においてどのように扱われるべきか。

一つのアプローチは、「オーセンティシティの度合い(degree of authenticity)」を射に付随する「重み(weight)」として形式化することである。ブルックナー自身による改訂射は重み 1(完全にオーセンティック)、弟子の介入が大きい版への射は重み 0 に近い値を持つ「重み付き射(weighted morphism)」として扱われる。これは通常の圏から「重み付き圏(weighted category)」または「豊化圏(enriched category)」への拡張を必要とする。

豊化圏(𝒱-enriched category)において、Hom 集合は単なる集合ではなく、豊化基底 𝒱 の対象となる。オーセンティシティの「度合い」を実数区間 [0, 1] で表す場合、版圏を [0, 1]-豊化圏として構成することができる。

Hom(v, w) ∈ [0, 1] [射の「オーセンティシティ重み」]

4.3 複合改訂と射の合成

ブルックナーの改訂は一段階で行われたわけではなく、複数の改訂段階を経ることが多い。射の合成という圏論的概念は、この複合改訂プロセスを形式化するのに自然に適合する。

4.3.1 改訂の合成と結合律

第三番の改訂を例に考えよう。

rev₁₂ : v₃¹ → v₃² [1873年版→1876年版]

rev₂₃ : v₃² → v₃³ [1876年版→1888年版]

rev₁₃ = rev₂₃ ∘ rev₁₂ : v₃¹ → v₃³ [合成改訂]

ここで重要な問いは、合成改訂 rev₁₃ と「直接の」第一稿から第三稿への射(もしそれが存在すれば)は同じか否か、という問いである。圏論的には、これは二つの射が等しいかどうかの問題である。

一般に、rev₂₃ ∘ rev₁₂ は「第一稿から第二稿を経て第三稿に至る歴史的プロセス」を表し、これは必ずしも「第一稿から直接第三稿へ」の射と等しくはない。ブルックナーが実際には第一稿から直接第三稿への変換を考えたことはなく、常に第二稿を経た段階的改訂を行ったという事実は、版圏における射の合成がただ単に「起点と終点」だけによって決まるものではなく、「経路(path)」によっても異なりうることを示唆する。

これは版圏が「自由圏(free category)」的な性格を持つことを示唆する。自由圏においては、射は経路そのものであり、合成は経路の連結である。異なる経路が同じ起点と終点を持っていても、それらは異なる射として扱われる(別の合同関係(congruence)を加えない限り)。

4.3.2 ブルックナーの「気持ちの変化」と圏論的べき等性

歴史的に知られている事実として、ブルックナーは改訂した版をさらに改訂し、時には初稿の段階に戻るような変更を加えることがあった。この「気持ちの変化(change of mind)」は、圏論的にはべき等射(idempotent morphism)や退行射(regression morphism)として記述できる可能性がある。

例えば、版 v → w → v’ という改訂の流れにおいて、v と v’ が「実質的に同じ」であれば、合成射 (v → w → v’) は「べき等射(idempotent)」的性格を持つ。圏論的べき等射 e : A → A は e ∘ e = e を満たすが、版の「回帰」はこれより弱い条件、すなわち v’ が v と同型(isomorphic)であるが同一ではないという状況に対応する。

4.4 楽章レベルでの射の分析

版圏の射をより細粒度で分析するために、個々の楽章レベルの圏を導入することができる。

4.4.1 楽章圏(Movement Category)

交響曲 n の版 v に対して、楽章圏 Mv(n) を定義する。Mv(n) の対象は v における各楽章であり、射は楽章間の(和声的・主題的・動機的)関係を表す。

楽章圏間の函手 Φ : Mv₁(n) → Mv₂(n) は、版 v₁ と版 v₂ の楽章間の対応を表す。この函手が同型(equivalence of categories)であるとき、二つの版は「楽章構成レベルで本質的に同じ」と言える。

4.4.2 小節・動機レベルへの精細化

さらに精細化すれば、小節レベルの圏、動機レベルの圏、音符レベルの圏を階層的に定義することができる。これらの間には「忘却函手(forgetful functor)」の系列が存在し、より詳細な圏からより粗い圏への構造的な写像を形成する。

𝐍𝐨𝐭𝐞 →(forget) 𝐌𝐨𝐭𝐢𝐟 →(forget) 𝐌𝐞𝐚𝐬𝐮𝐫𝐞 →(forget) 𝐒𝐞𝐜𝐭𝐢𝐨𝐧 →(forget) 𝐌𝐨𝐯𝐞𝐦𝐞𝐧𝐭

この忘却函手の系列は圏の「解像度スケール(resolution scale)」を形成し、どの粒度で版を比較するかという分析上の選択を形式化する。ブルックナー研究者が「版の差異は細部に過ぎない」と言うとき、それは楽章・セクションレベルの函手が同型(equivalence)であるという判断に相当する。逆に「版の差異は本質的」と言うとき、それは少なくとも一つの粒度レベルで函手が同型でないという判断である。