型定義(Type System)という概念の導入
プログラミングの視点を取り入れる際、if 文だけでなく、型(Type) の概念を加えると、旧約聖書における「聖(Holy)」と「俗(Common)」の峻別がより鮮明になる。
レビ記における食物規定や儀式的清めは、共同体の内部で何が許容され、何が境界を越えるのかを定める一種の型体系として読むことができる。聖なるもの、不浄なもの、清いもの、俗なるものは、単なる道徳的評価ではなく、共同体というシステムの中で混同してはならないカテゴリである。
この観点では、「聖なるもの」というクラスと「不浄なもの」というクラスが不用意に衝突すると、共同体はエラーを起こす。律法はそのエラーを未然に防ぐための静的な型チェックとして働く。何を食べてよいか、何に触れてよいか、どの状態で祭儀に参加できるかという規定は、人間の行為を分類し、境界を明示するためのルールセットである。
十戒や契約法が if 文による条件分岐として読めるなら、その前提には、そもそもどの対象がどの型に属するのかという定義がある。型定義は、条件分岐よりもさらに基底にある秩序である。聖書の法体系は、行為の条件を記述するだけでなく、世界そのものを「聖/俗」「清/不浄」「契約内/契約外」という型に分節する。
したがって、型定義という概念は、本書全体の議論において、演繹的統治の土台をなす。神の命令は単なる禁止命令ではなく、世界をどのようなカテゴリで把握するかを定める宣言でもある。