一 スコラ学的総合の遺産

『神学大全』が達成した「スコラ学的総合」は、西洋思想史における最大の知的構築物のひとつである。アリストテレスの論理学・形而上学・自然学・倫理学、プラトン・新プラトン主義の存在論的直観、アウグスティヌスの神学、アラビア哲学の成果、ユダヤ哲学の知見、そしてキリスト教の啓示的伝統̶̶これらすべてをアクィナスは批判的・創造的に統合した。その統合の原理は「理性と信仰の調和」という確信であり、真理は一つであるがゆえに哲学的理性が到達する真理と神学的信仰が受け入れる真理は究極的に矛盾しないという確信である。

この「総合」は単に折衷ではなく、諸思想の批判的変容を伴う。アクィナスはアリストテレスを「哲学者(Philosophus)」と呼びながらも、必要に応じて批判し、修正し、神学的文脈に適合するよう再解釈した。アヴェロエスの「知性単一論」への反論、アリストテレスの「世界の永遠性」についての慎重な扱い、プラトンの「魂の囚われ」論への批判はその好例である。

二 批判と反批判の歴史

アクィナスの思想は生前から論争的であり、死後も繰り返し批判の的となった。1277年、パリ司教エティエンヌ・タンピエとオクスフォード大司教ロバート・キルワードビーは、アリストテレス哲学のキリスト教神学への過度な取り込みを危険視し、多くの命題を断罪した。この「1277年の断罪」はアクィナスの命題も含み、スコラ学の転換点となった。

14世紀のドゥンス・スコトゥスとウィリアム・オッカムはそれぞれ異なる方向からアクィナス哲学を批判した。スコトゥスは神の意志の絶対的自由を強調し、アクィナスの知性主義的傾向に反対した。オッカムの「唯名論(Nominalism)」は普遍概念の実在性を否定し、アクィナスが依拠する存在論的枠組みを根本から揺るがした。

宗教改革(16世紀)においてルターとカルヴァンはスコラ学的神学を批判し、アリストテレス哲学の神学への浸透を腐敗の一因と見なした。特にルターは「意志の奴隷論」においてアクィナスの恩寵・自由意志論を拒否し、アウグスティヌスの恩寵論への直接回帰を求めた。

近代哲学の展開̶̶デカルトの方法的懐疑・カントの批判哲学・ヘーゲルの観念論̶̶はアクィナスの形而上学的前提を根本的に問い直した。デカルトの「心身二元論」はアクィナスのヒュレモルフィズムとは相容れず、カントの「物自体は認識できない」という立場はアクィナスの存在認識論を無効化する可能性を秘めていた。

三 ネオ・トミズムの展開

19世紀後半、教皇レオ十三世は回勅「Aeterni Patris」(1879年)においてトマス・アクィナスの哲学への回帰を促した。これによって「ネオ・トミズム(Neo-Thomism)」あるいは「新スコラ学(Neo-Scholasticism)」の運動が活性化され、20世紀を通じてカトリック神学の支配的思潮となった。

ジャック・マリタン(1882‒1973)はトミズムを現代的問題̶̶芸術論・政治哲学・人権論̶̶に適用し、「積分的ヒューマニズム(Integral Humanism)」を展開した。エティエンヌ・ジルソン(1884‒1978)は歴史的・文献学的厳密さをもってアクィナスの哲学を研究し、「存在の哲学(Philosophy of Being)」としてのトミズムを提唱した。ジョン・フィニス(1940‒)はアクィナスの自然法論を現代の分析哲学・法哲学の文脈で再解釈し、「基本的善(Basic Goods)」の理論として発展させた。

第二バチカン公会議(1962‒1965)以降、カトリック神学は多様化し、トミズムの独占的地位は弱まった。しかしアクィナスの思想は今日も「パレンニアル・フィロソフィー(Philosophia Perennis:永続的哲学)」の中心として、哲学・神学・倫理学・政治哲学・法哲学の多分野で参照され続けている。

四 分析哲学との対話

20世紀後半から21世紀にかけて、分析哲学者たちとトミズムの間の対話が活発になった。アルヴィン・プランティンガ(Alvin Plantinga)は「自由意志の弁神論」において中世哲学の問題設定を現代分析哲学の文脈で展開した。ピーター・ギーチ(Peter Geach)やアンスコム(G.E.M. Anscombe)はアリストテレス・トマス主義の倫理学を分析哲学的手法で再活性化させた。フィリッパ・フット(Philippa Foot)の「自然的善性(Natural Goodness)」論はアクィナスの自然法論との接点を持つ。

神の存在論証については、分析哲学的手法による再評価が行われている。アクィナスの五つの道の各要素̶̶宇宙論的論証・目的論的論証̶̶を現代的な確率論的・様相論的枠組みで再定式化する試みが続いており、「宇宙論的論証の洗練(Kalam Cosmological Argument)」や「ファインチューニング論証」はアクィナスの第五の道との系譜的連関を持つ。

五 倫理学・法哲学への遺産

アクィナスの自然法論は、現代においても法哲学・政治哲学・生命倫理学において重要な参照点である。特に生命倫理学(中絶・安楽死・遺伝子操作等)においてカトリック教会の立場はアクィナス的自然法論に依拠しており、この立場は今日の公共的議論において大きな影響力を持つ。

また徳倫理学(Virtue Ethics)の現代的復興̶̶アラスデア・マッキンタイア(Alasdair MacIntyre)の「美徳なき時代(After Virtue)」(1981年)等̶̶は、アクィナスの徳論を現代的文脈で再生させる試みである。マッキンタイアはモダニティの道徳的危機を診断し、アリストテレス・アクィナス的な徳の伝統への回帰を提唱した。