第二部後半は第二部前半の一般的枠組みを具体的な徳・悪徳・社会的義務の各論として展開する全百八十九問から成り、神学大全中最大の分量を占める。神学的徳・枢要徳のそれぞれについて、関連する徳・悪徳・律法的義務が詳述される。

一 信仰論(第一問〜第十六問)

信仰(Fides)は「見えないものへの知性の同意(Assensus Intellectus ad Invisibilia)」として定義される。信仰は知識(Scientia)でも単なる意見(Opinio)でもなく、その中間にある独自の認識様態である。知識は証拠によって強制される確実な認識であるが、信仰においては対象が直接証拠によって明らかにならないにもかかわらず、知識と同等以上の確実性をもって知性が同意する。これが可能なのは、信仰の動因が神の啓示という絶対的権威だからである。

信仰の内容(信仰箇条:Articuli Fidei)は「使徒信条」によって要約されると論じられる。また信仰は単なる知的同意にとどまらず、愛徳によって生かされ(Fides Caritate Formata)、実際の生活態度として結実しなければならない。信仰なき状態(不信仰:Infidelitas)、異端(Haeresis)、棄教(Apostasia)、迷信(Superstitio)などの反対悪徳が詳細に分析される。

二 希望と絶望(第十七問〜第二十二問)

希望(Spes)は神学的徳として、「自力では難しいが神の助けによって達成可能な将来の善への確固たる期待」と定義される。希望の対象は究極的には神そのものであり、神との合一という至福である。希望の反対は絶望(Desperatio)と僭越(Praesumptio)である。絶望は神の慈悲を信じることを拒む罪であり、僭越は神の恩寵なしに自力で救われうると思い込む罪である。

三 愛徳論(第二十三問〜第四十六問)

愛徳(Caritas)はすべての徳の中の「形相(Forma)」であり、最大の神学的徳である。愛徳の本質は「神への友情(Amicitia ad Deum)」であり、これはアリストテレスの友情論(Philia)を神学的に変容させた概念である。友情は善を共有するものの間に成立するが、神への愛徳においては、被造物が神の永遠の幸福への参与という「善の共有」に基づいて神と友情を結ぶ。

愛徳の秩序については、自己・神・隣人・敵という順序が論じられる。敵への愛(愛敵)はキリスト教倫理の根幹的要求であり、アクィナスはこれが単なる感情的な友情感覚を意味するのではなく、敵をも神の愛の対象として尊重し、その真の善を望む意志的態度であることを明らかにする。

愛徳に反する悪徳として、怠惰(Acedia)̶̶神の善に対する霊的悲しみ̶̶、嫉妬(Invidia)̶̶他者の善に対する悲しみ̶̶、不和(Discordia)、分裂(Schisma)、戦争(Bellum)の正戦論なども論じられる。正戦論(Just War Theory)については、正当な権威・正当な原因・正しい意図という三条件が必要とされ、これは今日の国際法・戦争倫理の文脈でも参照される。

四 賢慮論(第四十七問〜第五十六問)

賢慮(Prudentia)は実践的知恵であり、何が真に善い行為であるかを具体的状況において識別する能力である。賢慮は単なる「抜け目のなさ(Astutia)」や世智ではなく、真の善のための識別力であり、道徳的徳の首位に立つ。アクィナスは賢慮の補助的要素として、記憶(Memoria)・理解(Intellectus)・教えを受ける能力(Docilitas)・鋭敏さ(Solertia)・推論(Ratio)・先見(Providentia)・周到さ(Circumspectio)・用心(Cautio)を列挙する。

五 正義論(第五十七問〜第百二十二問)

正義(Justitia)は道徳的徳の中で最も重要であり、「恒常的かつ永続する意志により各人に彼の権利(Jus)を与えること」と定義される。正義は他者との関係に関わる徳であり、ここに正義の独自性がある。

正義論の中で特に重要なのは「法的正義(Justitia Legalis)」と「特殊的正義(Justitia Particularis)」の区別である。法的正義は共同体の善(共通善)への配慮であり、特殊的正義は個々の当事者間の公正さに関わる。特殊的正義はさらに「配分的正義(Justitia Distributiva)」と「交換的正義(Justitia Commutativa)」に分かれる。

この文脈でアクィナスは経済的問題、特に「公正価格(Justum Pretium)」と利子論を論じる。利子(Usura)を不正とするアクィナスの立場は中世の標準的見解であったが、その根拠の精緻な分析は注目に値する。貨幣の使用(Usus)と所有(Dominium)を区別し、貨幣の使用そのものが消費によって尽きるものである以上、その使用に対して使用料を取ることは不正であると論じた。

六 剛毅と節制(第百二十三問〜第百七十問)

剛毅(Fortitudo)は困難や危険、特に死の恐怖に際して理性的判断に従い立ち向かう徳である。剛毅の典型的な発現は「殉教(Martyrium)」であり、アクィナスは殉教を剛毅の最高形態と位置づける。剛毅に関連する徳として、高邁(Magnanimitas)・忍耐(Patientia)・堅忍(Perseverantia)が論じられ、臆病(Timiditas)・大胆(Audacia)・無謀(Temeritas)が悪徳として分析される。

節制(Temperantia)は感覚的快楽、特に食欲と性的欲求に関わる徳であり、理性の秩序に従ってこれらを節度ある範囲に保つ。節制の下位徳として、謙遜(Humilitas)・慎み(Verecundia)・節食(Abstinentia)・禁酒(Sobrietas)・貞潔(Castitas)・純潔(Pudicitia)などが論じられ、それぞれの反対悪徳が詳細に分析される。

七 預言・観想生活と活動生活(第百七十一問〜第百八十九問)

第二部後半の末尾では、カリスマ的賜物(Gratiae Gratis Datae)として預言(Prophetia)・奇跡・方言の賜物などが論じられ、次いで観想生活(Vita Contemplativa)と活動生活(Vita Activa)の比較が行われる。アクィナスは観想生活を活動生活より上位に置きながら、「観想した事柄を他者に伝える生活(Contemplata Aliis Tradere)」、すなわちドミニコ会の理想を体現する使徒的生活を両者の総合として最高位に置く。最終部では修道的・聖職者的生活様式の比較が行われる。