序文

序文 ̶̶ 神学大全を読む意義

トマス・アクィナス(Thomas Aquinas, 1225頃‒1274)が著した『神学大全(Summa Theologiae)』は、キリスト教思想史上もっとも体系的かつ包括的な神学・哲学の綜合大著である。全三部(第二部はさらに第一・第二部前半と第二部後半に二分される)と補遺から構成され、その問題数は五百を超え、質疑の数は数千に上る。本書は単なる宗教的文献にとどまらず、中世ヨーロッパの知的営為の結晶であり、アリストテレス哲学、新プラトン主義、アウグスティヌスの神学的伝統、ユダヤ・イスラム哲学の精粋を縦横に駆使しながら、信仰と理性の調和という壮大な命題に正面から取り組んだ不朽の古典である。

本書が「大全(Summa)」と呼ばれるのは、それが神学の全領域を網羅する意図のもとに編まれたからである。アクィナス自身、序文において「この書は神聖な教義の初学者のために著す」と述べている。しかし実際には、単なる入門書をはるかに超えた深度と広がりをもち、神の存在証明から被造物の構造、人間の徳論・行為論、さらには法と国家、そして救済論・秘跡論にいたるまで、中世キリスト教世界が関心を持つあらゆる問題を一貫した論理的枠組みのもとに叙述している。

『神学大全』が採用する「問題(Quaestio)」形式は、中世大学における「討論(Disputatio)」の実践から生まれたものである。各問題はまず「反論(Objectio)」を複数列挙し、次に「しかし反対に(Sed contra)」という反証的命題を提示し、続いてアクィナス自身の見解を「答え(Responsio)」として展開し、最後に各反論に対する「各反論への答え(Ad primum, ad secundum…)」を加える。この構造は単なる形式的作法ではなく、真理を多角的・弁証法的に探究するアクィナスの知的誠実さの表れである。

本概説は、『神学大全』の全体構造を俯瞰しながら、各部・各項目の思想的内容を詳述することを目的とする。アクィナスの議論の核心を可能な限り正確に伝えつつ、現代的意義との接点を示すことで、この巨大な思想的構築物への入口を読者に提供することを目指している。

【全八章構成】

  • 第一章 著者トマス・アクィナスと時代背景
  • 第二章 第一部(Prima Pars) ̶̶ 神について
  • 第三章 第二部前半(Prima Secundae) ̶̶ 人間の行為と徳の一般論
  • 第四章 第二部後半(Secunda Secundae) ̶̶ 徳と悪徳の各論
  • 第五章 第三部(Tertia Pars) ̶̶ キリストと秘跡について
  • 第六章 補遺(Supplementum) ̶̶ 終末論と婚姻
  • 第七章 思想史的意義と現代的受容
  • 第八章 神学大全の読解方法と主要概念解説