ブルックナー版圏:完全マッピング

ブルックナー交響曲の版問題

——圏論的視座からの形式的分析——

Anton Bruckner’s Symphonic Version Problem:

A Formal Analysis from the Perspective of Category Theory

序文:音楽テクストの存在論と圏論

アントン・ブルックナー(Anton Bruckner, 1824–1896)の交響曲が提起する「版問題」は、音楽学の領域においてこれほど複雑かつ論争的な問題はないといっても過言ではない。単一の作品が複数の「オーセンティック」な楽譜を持ち、それぞれが異なる演奏時間・異なる和声進行・異なる管弦楽法を呈示し、どれが「真の」ブルックナーであるかをめぐって演奏家・研究者・聴衆が百年以上にわたって論争を続けてきた。この状況は単なる文献学的問題ではなく、音楽テクストの存在論そのものに対する根本的な問いを孕んでいる。

本書は、この版問題に対して数学の一分野である圏論(Category Theory)の概念的枠組みを適用することを試みる。圏論は1940年代にSamuel EilenbergとSaunders Mac Laneによって創始された抽象数学の一分野であり、現代では数学の諸分野だけでなく、コンピュータ科学、物理学、言語学、さらには哲学においても適用される強力な形式的枠組みである。圏論の核心は、「対象」と「射」という二種類の概念、そしてそれらの間の「合成」という操作によって、構造の保存・変換・整合性を精密に記述することにある。

ブルックナーの版問題を圏論的に分析するとはいかなることか。それは、各版(初稿、第二稿、第三稿等)を圏の「対象」として捉え、版間の改訂・変換関係を「射」として形式化し、複数版にまたがる構造的一貫性を「函手」や「自然変換」によって記述し、版の「最良の実現」を「極限」や「余極限」として定義することである。このアプローチは、演奏者が直面する実践的問題(どの版を演奏すべきか、版間の差異をどう解釈すべきか)に対しても、従来の歴史的・美学的議論とは異なる角度からの洞察を提供することができる。

本書の構成は以下の通りである。第一章では、ブルックナー交響曲の版問題の歴史的概観を行う。第二章では、本書の分析に必要な圏論の基礎概念を解説する。第三章では、版を対象とする圏の構成を具体的に行う。第四章では、改訂プロセスを射(morphism)として分析する。第五章では、函手(Functor)による版間変換の形式化を行う。第六章では、自然変換と版の整合性について論じる。第七章では、極限・余極限と版の統合について述べる。第八章では、個別交響曲(第三番・第四番・第八番・第九番)の圏論的分析を行う。第九章では、演奏実践への含意を論じ、第十章で結論を述べる。

本書が目指すのは、ブルックナー研究者に数学的形式性を押しつけることでも、圏論家に音楽の事例研究を提供することでもない。むしろ、両者の間に橋を架け、テクストの複数性・変容・同一性という問題に対して新たな語彙と概念的精度を与えることである。音楽は時間のなかで生きる芸術であるが、それを記録するテクストは複数性と変容という問題から逃れられない。圏論はまさにこの「構造の変容と保存」を記述するための言語として、音楽学に新たな地平を開く可能性を持っている。

第一章 ブルックナー交響曲の版問題:歴史的概観

1.1 版問題の発生:ブルックナーの自己改訂という現象

ブルックナーが自己の交響曲を繰り返し改訂したという事実は、彼の伝記のなかで最もよく知られた側面の一つである。しかしこの改訂行為の性格については、従来の研究において大きく二つの相反する解釈が拮抗してきた。一方は、改訂は弟子たちや指揮者たちの干渉によるものであり、初稿こそが「真のブルックナー」を体現しているという見方である。他方は、改訂はブルックナー自身の成熟と様式的洗練を反映しており、後期稿に最終的な意図が表れているという見方である。

ブルックナーが交響曲の改訂を行った動機は複合的である。まず、初演の試みが挫折した際に、演奏をより実現しやすくするための実用的改訂がある。第三番交響曲の初演(1873年)がリヒャルト・ワーグナーへの献呈をめぐるエピソードとともに行われたことは有名だが、その後の改訂(1876年版、1878年版、1889年版)は演奏上の困難を軽減する側面を持っていた。次に、批評家や指揮者からのフィードバックを受けた様式的改訂がある。ブルックナーは晩年まで批評に敏感であり、特にウィーンの音楽批評家エドゥアルト・ハンスリックの批判は彼に深刻な影響を与えた。さらに、ブルックナー自身の内的発展に基づく様式的洗練という動機もある。

改訂の範囲は版によって大きく異なる。交響曲第一番の場合、1866年のリンツ稿と1890–91年のウィーン稿の間には、単なる細部の修正を超えた根本的な再作曲が含まれる。第三番交響曲は三つの版が存在し、それぞれに実質的な内容上の差異がある。第四番「ロマンティック」は第二楽章と第三楽章(スケルツォ)が版によって根本的に異なる。第八番は1887年版と1890年版の間に、構造的に重大な変更が加えられている。

1.2 主要な版の分類と特徴

1.2.1 ノヴァーク版とハース版

現代の演奏実践において最も影響力を持つ二つの版群は、レオポルト・ノヴァーク(Leopold Nowak, 1904–1991)が校訂したノヴァーク版と、ロベルト・ハース(Robert Haas, 1886–1960)が校訂したハース版である。いずれもウィーン国立図書館(現・オーストリア国立図書館)の国際ブルックナー協会(Internationale Bruckner-Gesellschaft)が後援して出版された批判校訂版(Gesamtausgabe)に属する。

ハース版(1930年代–1940年代に刊行)は、ブルックナーの自筆稿を最重要視し、いわゆる「弟子たちによる改悪」を排除して初稿ないし「真正の稿」に近づけることを目標とした。特に有名なのは第八番交響曲のハース版であり、1887年版と1890年版の素材を組み合わせた折衷的編集を行っており、これはハースの独自判断による「再構成」ともいうべき性格を持つ。このため後の研究者からは、ハース版は歴史的に実在しない「理想のブルックナー」を作り出したという批判が向けられることになった。

ノヴァーク版(1950年代以降)は、ハース版に対する批判的継承として位置づけられる。ノヴァークは折衷的編集を避け、各稿を独立した版として別々に出版する方針を採った。この方針によって、例えば第八番では1887年版と1890年版がそれぞれ別の校訂版として存在することになり、演奏者は自らいずれかを選択する必要が生じた。ノヴァーク版の学術的厳密さは高く評価されているが、実践的な演奏者にとってはかえって困惑の源ともなっている。

1.2.2 コールス版と独自版

二十世紀後半から二十一世紀にかけて、ノヴァーク版・ハース版以外の校訂版も登場している。ウィリアム・キャラガン(William Carragan)による版は、ブルックナーの自筆の指示を徹底的に追跡した独自の校訂方針を持つ。また、シリル・ブロフスキー(Cyrill Brofsky)らによる研究も版の問題に新たな光を当てている。さらに、指揮者自身が版を「改訂」する実践も存在する。例えばカール・ベームやオイゲン・ヨッフムは、複数版を参照しながら独自の演奏稿を使用することがあった。

このような多様な版の存在は、演奏実践において「ブルックナーの真の意図」をどこに求めるかという根本的問題を提起する。そして、まさにこの問題の核心に、本書が圏論的アプローチによって迫ろうとする哲学的・形式的な問いが潜んでいる。

1.3 各交響曲の版問題の概要

1.3.1 交響曲第零番・第一番

ブルックナーの作品番号外の「習作交響曲」(ヘ短調、1863年)と第零番(ニ短調、1869年)は、番号付き交響曲とは異なる複雑さを持つ。第零番はブルックナー自身が「無効(annullirt)」と宣言したが、音楽的価値は高く、現代でもしばしば演奏される。この「作曲者による廃棄宣言」という事実は、版問題に法的・美学的な次元を加える。作曲者が作品を放棄した場合、その作品のオーセンティシティはどのように判断されるべきか。

第一番交響曲は1866年のリンツ稿(ハ短調)と1890–91年のウィーン稿という二つの大きく異なる版を持つ。リンツ稿は若々しい粗削りの力強さを持ち、ウィーン稿は後期ブルックナーの洗練されたオーケストレーションを示す。多くの研究者はリンツ稿を「オリジナル」として重視するが、ウィーン稿はブルックナー自身が生涯最後の大規模改訂作業として完成させたものであり、どちらを「最終意図」とみなすかは一概に判断できない。

1.3.2 交響曲第二番・第三番

第二番交響曲は1872年版、1877年版(ノヴァーク版)、1892年版(オーウェン版とも呼ばれる)の三つの主要な版を持つ。版間の差異は主として楽章の繰り返し、遅い楽章のカット、管弦楽法の細部にわたる。特に問題となるのは、第一楽章・第三楽章のいわゆる「一時停止(Generalpause)」の扱いで、版によって存在する箇所が異なる。

第三番交響曲はブルックナー作品中で最も版問題が複雑な作品の一つである。ワーグナーに献呈され「ワーグナー交響曲」とも呼ばれるこの作品は、1873年版(第一稿)、1876–77年版(第二稿)、1888–89年版(第三稿)の三つの版が存在する。第一稿はワーグナー、ベートーヴェン、リストへの引用を含み、後の版ではこれらの引用が大幅に削除された。第二稿ではさらに大規模なカットが行われ、初稿の約三分の二に短縮されている。

1.3.3 交響曲第四番「ロマンティック」

第四番「ロマンティック」(変ホ長調)は、ブルックナー作品の中でも最も人気の高い交響曲の一つであるが、版問題においても特に興味深い事例を提供する。1874年版(第一稿)、1878–80年版(第二稿、いわゆる「ロマンティック」版)、1887–88年版(第三稿、コーストナー改訂を含む)の三つの主要な版が存在する。

特に注目されるのは第三楽章スケルツォの変更である。1874年版では「狩り」のテーマを持つスケルツォが書かれていたが、1878年版では完全に別の音楽(現在通常演奏されるヴァージョン)に差し替えられた。これは「改訂」を超えた「再作曲」といえる変更であり、第四番の版問題は単なる細部の差異ではなく、作品の同一性そのものを問う問題を含んでいる。

1.3.4 交響曲第五番・第六番・第七番

第五番(変ロ長調)は、ブルックナーの交響曲中で版問題が比較的単純な部類に属する。主要な版は自筆稿に基づくノヴァーク版であるが、フランツ・シャルク(Franz Schalk)による大幅に改変された版(1894年初演使用版)の問題が残る。シャルク版は多くの箇所でブルックナーの管弦楽法を「改良」し、楽器を追加・変更しており、ブルックナー研究者からは批判されるが、歴史的に重要な実演の記録でもある。

第六番(イ長調)は、ブルックナーが生前に全曲初演を聴けなかった唯一の交響曲であり(第二楽章・第三楽章のみ1883年に演奏)、版問題よりもむしろ作品の受容史における困難が大きい。第七番(ホ長調)は1881–83年に作曲され、1884年の初演でブルックナー初の大成功を収めた。版問題は比較的軽微で、主にフィナーレにおけるシンバル・トライアングルの使用の是非が論争点となっている。

1.3.5 交響曲第八番

第八番(ハ短調)は、版問題においてブルックナー作品中最も激しい論争を呼んできた作品である。1887年版(第一稿)と1890年版(第二稿)の間には根本的な差異がある。初演予定の指揮者ヘルマン・レヴィが1887年版を拒絶したことがブルックナーに深刻なショックを与え、彼は1890年にかけて大規模な改訂を行った。

1887年版と1890年版の主な差異は以下の通りである。第一楽章のコーダが全面的に書き直され、1887年版では主音(ハ短調)で終わっていたものが、1890年版では壮大なコーダに変更された。第三楽章アダージョは1887年版の方が短く、1890年版では大幅に拡張されている。第四楽章フィナーレは、ブルックナーの交響曲中で最も長大な楽章の一つであり、版間の差異も大きい。ハース版は両版を折衷して独自の版を構築したが、これは学術的に批判される一方で、演奏実践上は長く使用されてきた。

1.3.6 交響曲第九番(未完成)

第九番(ニ短調)はブルックナーが1887年から死去する1896年まで作曲し続けたが、フィナーレを完成させることなく世を去った。第一楽章・第二楽章(スケルツォ)・第三楽章(アダージョ)の三楽章は完成しており、フィナーレのスケッチも相当量残されている。

第九番の版問題は二層構造を持つ。第一の層は完成三楽章の校訂問題であり、ノヴァーク版が標準とされているが、自筆稿に存在するいくつかの曖昧な指示の解釈が問題となる。第二の層は、フィナーレのスケッチをどう扱うかという問題である。フィナーレを補完・完成させようとする試みは複数存在し(サマーレ=フィリップス=コールス=マッツーカ版が最も包括的)、これらは「版問題」に「補完問題」という新たな次元を加える。

1.4 版問題の哲学的次元

ブルックナーの版問題が単なる文献学的問題を超えて哲学的問題となる理由は、「作品の同一性」という概念に関わるからである。哲学的音楽学の文脈では、これはネルソン・グッドマン(Nelson Goodman)の「同一性の条件(conditions of identity)」をめぐる議論、アレン・リビン(Allan Litvinn)の「タイプとトークン」概念の音楽への適用、ジャニーン・デュナン(Jerrold Levinson)の「音楽的作品はいかにして存在するか」という問題等と交差する。

特に重要な問いは以下の通りである。第一に、同じ標題と同じ調性を持つ複数の稿は「一つの作品の複数の版」なのか、それとも「複数の異なる作品」なのか。第二に、作曲者の「最終意図(final intention)」は、どのように確定されるべきか。第三に、弟子や協力者による改訂は、いかなる場合にオーセンティックとみなされるか。これらの問いに対して、圏論は直接的な答えを与えるのではなく、問いそのものをより精密に定式化するための概念的枠組みを提供する。

哲学者W.V.クワイン(W.V. Quine)が「存在論的コミットメント(ontological commitment)」と呼んだ問題——どのような実体の存在を認めるかという問い——は、ブルックナーの版問題においても中心的である。「第八番交響曲」という単一の作品が存在するのか、「1887年版第八番」と「1890年版第八番」という二つの異なる作品が存在するのか。この問いに対して、圏論は対象の同一性よりも対象間の関係(射)に焦点を当てることで、「同一性」の問題を「変換の構造」の問題へと転換する視点を提供する。

第二章 圏論の基礎概念:音楽分析への導入

2.1 圏(Category)の定義

圏論の基礎概念を、ブルックナーの版問題への応用を念頭に置きながら解説しよう。圏(Category)は以下の要素からなる数学的構造である。

【対象(Objects)】:圏に属する「もの」。記号 ob(𝒞) で表される集まり。

【射(Morphisms, Arrows)】:対象から対象への「矢印」。各射 f は始域(domain)dom(f) と終域(codomain)cod(f) を持ち、f : A → B と書かれる。

【合成(Composition)】:f : A → B かつ g : B → C であれば、合成射 g ∘ f : A → C が存在する。

【恒等射(Identity Morphism)】:各対象 A に対して恒等射 id_A : A → A が存在し、任意の f : A → B に対して f ∘ id_A = f かつ id_B ∘ f = f を満たす。

【結合律(Associativity)】:h ∘ (g ∘ f) = (h ∘ g) ∘ f

𝒞 = (ob(𝒞), hom(𝒞), ∘, id)

圏の最もシンプルな例として、集合の圏 Set を考えよう。Set において、対象は集合であり、射は集合間の関数である。関数の合成は通常の合成であり、恒等射は各集合上の恒等関数である。この例が示すように、圏論は「もの」そのものよりも「もの間の関係」に焦点を当てる。

2.2 射(Morphism)の種類と性質

圏論において射は様々な性質を持ちうる。ブルックナーの版問題を分析する上で特に重要な射の種類を以下に説明する。

2.2.1 同型射(Isomorphism)

射 f : A → B が同型射(isomorphism)であるとは、逆射 g : B → A が存在して g ∘ f = id_A かつ f ∘ g = id_B を満たすことをいう。同型射の存在は A と B が「圏論的に同値」であることを意味する。

f : A → B が同型射 ⟺ ∃g : B → A, g ∘ f = id_A, f ∘ g = id_B

音楽的に言えば、二つの版が同型であるとは、一方を他方に変換し、かつ逆変換によって元に戻せるような関係にあることを意味する。これは版問題における「本質的に同じ」という概念の精密化として機能する。

2.2.2 モノ射(Monomorphism)とエピ射(Epimorphism)

射 f : A → B がモノ射(monomorphism)であるとは、任意の g, h : X → A に対して f ∘ g = f ∘ h ならば g = h が成り立つことをいう。集合の圏では、モノ射は単射(injective function)に対応する。エピ射(epimorphism)はその双対概念であり、集合の圏では全射(surjective function)に対応する。

ブルックナーの改訂プロセスにおいては、ある版から別の版への変換がモノ射的性格を持つか否か(情報の保存があるか)、エピ射的性格を持つか否か(すべての要素が新版によって「覆われる」か)という分析が可能になる。

2.2.3 終対象(Terminal Object)と始対象(Initial Object)

圏 𝒞 における終対象(terminal object)1 とは、任意の対象 A から唯一の射 A → 1 が存在するような対象である。始対象(initial object)0 は双対的に、任意の対象 A への唯一の射 0 → A が存在するような対象である。

終対象: ∀A ∈ ob(𝒞), ∃! f : A → 1

始対象: ∀A ∈ ob(𝒞), ∃! f : 0 → A

ブルックナーの版問題における終対象の概念は、「すべての版からの一意な射を受け入れる版」、すなわち「理想的な最終版」という概念に対応しうる。これは演奏者がしばしば求める「決定版(Urtext)」という概念の圏論的定式化として解釈できる。

2.3 函手(Functor)

函手(Functor)は圏から圏への「構造を保つ写像」である。函手 F : 𝒞 → 𝒟 は以下を満たす。

【対象の写像】:各対象 A ∈ ob(𝒞) に対して対象 F(A) ∈ ob(𝒟) を対応させる。

【射の写像】:各射 f : A → B に対して射 F(f) : F(A) → F(B) を対応させる。

【恒等射の保存】:F(id_A) = id_{F(A)}

【合成の保存】:F(g ∘ f) = F(g) ∘ F(f)

F : 𝒞 → 𝒟, F(g ∘ f) = F(g) ∘ F(f)

函手の概念は、異なる音楽的次元の間の「構造保存的な対応」を記述するために使用できる。例えば、ある作品の版の圏から、その演奏実践の圏への函手は、版の変換関係がいかに演奏実践に反映されるかを形式化する。

2.3.1 共変函手と反変函手

函手が射の向きを保つ場合を共変函手(covariant functor)、射の向きを反転させる場合を反変函手(contravariant functor)という。反変函手 F : 𝒞^{op} → 𝒟 は、𝒞 の射 f : A → B を 𝒟 の射 F(f) : F(B) → F(A) に対応させる。

音楽分析における反変函手の直感的意味:ある版の「細部の豊かさ」が増すほど、その版の「演奏のしやすさ」が減少するという逆相関関係は、反変函手的な関係として捉えることができる。

2.3.2 忠実函手・充満函手・本質的全射函手

函手 F : 𝒞 → 𝒟 が忠実(faithful)であるとは、各 A, B ∈ ob(𝒞) に対して hom_𝒞(A, B) → hom_𝒟(F(A), F(B)) が単射であることをいう。充満(full)とは全射であることをいう。本質的全射(essentially surjective)とは 𝒟 の任意の対象が 𝒞 のある対象の F による像と同型であることをいう。忠実・充満・本質的全射を満たす函手は圏の同値(equivalence of categories)を与える。

ブルックナーの版問題に即せば、版の圏から演奏実践の圏への函手が忠実であることは、版の違いが演奏の違いに忠実に反映されることを意味し、充満であることは、演奏実践におけるすべての関係が版の差異から説明できることを意味する。

2.4 自然変換(Natural Transformation)

自然変換は函手間の「射」である。F, G : 𝒞 → 𝒟 を二つの函手とする。自然変換 α : F ⟹ G は、各対象 A ∈ ob(𝒞) に対して射 α_A : F(A) → G(A)(「成分(component)」)を対応させ、任意の射 f : A → B に対して以下の「自然性の正方形(naturality square)」が可換となることを要求する。

G(f) ∘ α_A = α_B ∘ F(f)

可換図式で表すと:

F(A) ──F(f)──> F(B)

|α_A |α_B

↓ ↓

G(A) ──G(f)──> G(B)

自然変換の概念は、ブルックナー版問題において「版間の対応の整合性」を記述するために中核的な役割を果たす。二つの解釈(分析の方法)F と G が同じ版の圏に適用されたとき、それらの間の自然変換は、F による解釈と G による解釈が「本質的に整合している」ことを意味する。

2.5 極限と余極限

2.5.1 積(Product)と余積(Coproduct)

圏 𝒞 における対象 A と B の積(product)A × B とは、射影 π_A : A × B → A と π_B : A × B → B を持ち、任意の対象 X と射 f : X → A, g : X → B に対して唯一の射 h : X → A × B が存在して π_A ∘ h = f かつ π_B ∘ h = g を満たすような対象である。

∀X, f : X→A, g : X→B, ∃! h : X → A×B, π_A∘h = f, π_B∘h = g

余積(coproduct)A + B は双対的に定義される。射 ι_A : A → A + B と ι_B : B → A + B を持ち、任意の対象 Y と射 f : A → Y, g : B → Y に対して唯一の射 h : A + B → Y が存在する。

ブルックナーの版問題において、二つの版の「積」は両者の共通部分(両版に存在する要素)に対応し、「余積」は両者の合計(いずれかの版に存在するすべての要素)に対応する直感的解釈が成り立つ。

2.5.2 引き戻し(Pullback)と押し出し(Pushout)

引き戻し(pullback)は、二つの射 f : A → C と g : B → C に対して定義される極限である。引き戻し P は射 p₁ : P → A と p₂ : P → B を持ち、f ∘ p₁ = g ∘ p₂(可換性)を満たし、普遍性(universality)を持つ。

P ──p₁──> A

|p₂ |f

↓ ↓

B ──g──> C

押し出し(pushout)は双対概念であり、二つの射 f : C → A と g : C → B に対して定義される。

ブルックナーの版問題における引き戻しの解釈:二つの版 A と B が共通の「源泉」C(例えば自筆スケッチや初稿)から派生している場合、引き戻し P は「A と B の両方の性質を満たす最も一般的な版」を表す。これは「公約数版」とも呼べるものである。一方、押し出しは「C から出発して A と B の両方の発展を包含する最も小さな版」を表し、「最小公倍数版」ともいえる。

2.5.3 イコライザー(Equalizer)とコイコライザー(Coequalizer)

二つの射 f, g : A → B のイコライザー(equalizer)e : E → A とは、f ∘ e = g ∘ e を満たし、この性質を持つ最も「大きな」サブオブジェクトである(普遍性)。コイコライザー(coequalizer)はその双対である。

イコライザーは、二つの版間で「同じ働きをする」部分を形式的に抽出する操作として解釈できる。第八番の1887年版と1890年版のイコライザーは、両版において機能的に等価な音楽的構造の集合を与える。

2.6 随伴(Adjunction)

随伴(adjunction)は圏論において最も豊かな概念の一つである。函手 L : 𝒟 → 𝒞 と R : 𝒞 → 𝒟 の間の随伴(L が R の左随伴、R が L の右随伴)は以下の条件で定義される。

hom_𝒞(L(D), C) ≅ hom_𝒟(D, R(C)) (自然同型)

随伴の直感的意味は「最適な近似」である。左随伴は「自由構成」を、右随伴は「忘却」を表すことが多い。ブルックナーの版問題において、「版の複雑化(詳細化)」と「版の単純化(本質抽出)」の間の随伴関係は興味深い解釈をもたらす。詳細な版から本質を抽出する操作(忘却函手的)と、本質から最も「自由」な詳細化を生成する操作(自由函手的)の間に随伴が成立するか否かは、版の構造について深い情報を与える。

2.7 トポス(Topos)と内部論理

トポス(topos)は圏論の一概念であり、「集合の圏 Set の公理的一般化」として捉えられる。グロタンディーク・トポスとエレメンタリー・トポスの二種類があるが、ここでは後者の概念を簡単に紹介する。エレメンタリー・トポスは、有限極限の存在、冪対象(power objects)の存在、部分対象分類子(subobject classifier)Ω の存在によって特徴づけられる。

ブルックナーの版問題にトポスの概念を適用することは、版の「内部論理(internal logic)」を研究することに相当する。各版を「小宇宙」として、その内部での真理値体系(どの命題が「この版において真か」)を直観主義論理によって記述することが可能になる。これは、「第八番の第一楽章コーダにおけるクライマックスの高点」が1887年版において「真」であり1890年版においては「偽」(別の形で実現される)という事実を、形式的に扱う枠組みを提供する。

第三章 版を対象とする圏の構成

3.1 版圏(Version Category)の定義

本章では、ブルックナー交響曲の版を対象とする圏(以下「版圏」と呼ぶ)を構成する。これには音楽理論的判断と圏論的定式化の両方が必要である。

まず、ブルックナー交響曲全体の版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 を定義しよう。

3.1.1 対象の定義

𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 の対象は、ブルックナーの番号付き交響曲(第一番から第九番、および第零番・習作交響曲)のオーセンティックな稿(Fassung)の集合である。各対象は以下の情報を持つ組として形式化される。

v = (S, n, d, e, 𝕊)

ここで S は作曲者(ブルックナー本人または監督下の改訂者)、n は交響曲番号、d は完成・改訂年代、e は初演または出版の情報、𝕊 は楽譜の記号的内容(音高・リズム・ダイナミクス・テンポ指示・管弦楽法の完全な記述)である。𝕊 の定式化は最も困難な部分であり、本章 3.3 節で詳述する。

例えば、第八番交響曲の主要な版は以下の対象として表される。

v₈¹ = (Bruckner, 8, 1887, ―, 𝕊₈¹) [1887年版]

v₈² = (Bruckner, 8, 1890, 1892, 𝕊₈²) [1890年版]

v₈ᴴ = (Haas, 8, 1939, 1939, 𝕊₈ᴴ) [ハース版]

v₈ᴺ¹ = (Nowak, 8, 1955, 1955, 𝕊₈ᴺ¹) [ノヴァーク版1887]

v₈ᴺ² = (Nowak, 8, 1956, 1956, 𝕊₈ᴺ²) [ノヴァーク版1890]

3.1.2 射の定義

𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 の射は版間の「変換関係」を表す。射 f : v → w は、版 v から版 w への何らかの変換プロセスが存在することを意味する。射の種類として以下を識別する。

【改訂射(Revision Morphism)】:ブルックナー自身による改訂を表す射。

rev : v₃¹ → v₃² [第三番第一稿から第二稿への改訂]

【校訂射(Edition Morphism)】:学術的校訂者による版の作成を表す射。

ed : v₈¹ → v₈ᴺ¹ [1887年自筆稿からノヴァーク版へ]

【包含射(Inclusion Morphism)】:一方の版が他方の版の素材を包含する関係を表す射。

inc : v₈¹ → v₈ᴴ [ハース版が1887年版の素材を包含]

【解釈射(Interpretation Morphism)】:特定の演奏解釈から別の解釈への変換。

恒等射は各版から自己への「同一変換」であり、合成は変換の連鎖として定義される。

3.2 個別交響曲の版圏

3.2.1 第三番交響曲の版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃

第三番交響曲の版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃ の対象は以下の通りである。

ob(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃) = {v₃¹, v₃², v₃³, v₃ᴺ¹, v₃ᴺ², v₃ᴺ³}

ここで v₃¹(1873年版第一稿)、v₃²(1876–77年版第二稿)、v₃³(1888–89年版第三稿)はブルックナーの自筆稿に対応し、v₃ᴺ¹、v₃ᴺ²、v₃ᴺ³ はそれぞれのノヴァーク校訂版である。

射の構造は以下の通りである。

rev₁₂ : v₃¹ → v₃² [第一稿から第二稿への大規模改訂]

rev₂₃ : v₃² → v₃³ [第二稿から第三稿への改訂]

ed₁ : v₃¹ → v₃ᴺ¹ [第一稿のノヴァーク版校訂]

ed₂ : v₃² → v₃ᴺ² [第二稿のノヴァーク版校訂]

ed₃ : v₃³ → v₃ᴺ³ [第三稿のノヴァーク版校訂]

rev̄₁₂ : v₃ᴺ¹ → v₃ᴺ² [校訂版における改訂関係]

この圏構造において注目すべきは、改訂射 rev₁₂ が本質的に情報を「減少」させる方向への変換である点である。第一稿から第二稿への改訂では、ワーグナー・ベートーヴェン・リストへの引用が削除され、多くの音楽的素材がカットされた。この意味で rev₁₂ はモノ射ではなく(単射でなく、情報が失われる)、またエピ射でもない可能性がある(第一稿の全要素が第二稿に「覆われる」わけではない)。

3.2.2 第四番交響曲の版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₄

第四番の版圏はスケルツォの問題から特に興味深い構造を持つ。

ob(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₄) = {v₄¹, v₄¹ˢ, v₄², v₄³, v₄ᴺ¹, v₄ᴺ², v₄ᴺ³}

ここで v₄¹ˢ は1878年の「猟のスケルツォ」版を指す。1874年版(v₄¹)は一つのスケルツォを持ち、1878年版(v₄²)では別のスケルツォ(v₄¹ˢ の素材)に差し替えられている。これは単純な「改訂」というより、第三楽章の対象が実質的に置き換わる「版の構成要素の交換(substitution)」である。

この状況を射として形式化すると、1874年版スケルツォ(Sch₄¹)から1878年版スケルツォ(Sch₄²)への射は、通常の「改訂射」ではなく「置換射(substitution morphism)」として別途定義する必要がある。これは第四番の版圏が単純な線形構造ではなく、より複雑な分岐構造を持つことを意味する。

3.2.3 第八番交響曲の版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈

第八番の版圏は最も豊かな構造を持つ。

ob(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈) = {v₈¹, v₈², v₈ᴴ, v₈ᴺ¹, v₈ᴺ², v₈ᶜ, …}

ここで v₈ᶜ はキャラガン版その他の後続校訂版を表す。射の複雑な網目(web)が存在する。

rev : v₈¹ → v₈² [1887年版から1890年版への改訂]

ed_H : (v₈¹, v₈²) → v₈ᴴ [ハース版:折衷的構成]

ed_N¹ : v₈¹ → v₈ᴺ¹ [ノヴァーク1887年版]

ed_N² : v₈² → v₈ᴺ² [ノヴァーク1890年版]

ハース版への射 ed_H が特殊なのは、その始域が単一の版ではなく、二つの版の対(v₈¹, v₈²)であることである。これは通常の射(一つの対象から別の対象への矢印)ではなく、積(product)の射として扱う必要がある。すなわち ed_H : v₈¹ × v₈² → v₈ᴴ という射として定式化できる。

3.3 楽譜内容の形式化:記号論的アプローチ

各版の対象を構成する楽譜内容 𝕊 を形式的に定義することは、版圏構成の最も困難な側面である。ここでは段階的な形式化を試みる。

3.3.1 第一レベル:構造的記述

第一レベルでは、楽章構成・調性・拍子・テンポ指定・演奏時間(概算)という高レベルの情報のみを形式化する。第八番の二つの版の第一レベル記述を比較すると以下のようになる。

𝕊₈¹[Str] = {I(c, 4/4, ~20min), II(c, 3/4, ~14min), III(E♭, 4/4, ~24min), IV(c→C, 4/4, ~22min)}

𝕊₈²[Str] = {I(c, 4/4, ~14min), II(c, 3/4, ~16min), III(E♭, 4/4, ~28min), IV(c→C, 4/4, ~26min)}

第一レベルの比較から既に重要な情報が得られる。第一楽章の長さが1887年版では約20分、1890年版では約14分であるのは、1890年版での大幅なカットを反映している。第三楽章は逆に1890年版の方が長く(24分→28分)、アダージョの充実が見て取れる。

3.3.2 第二レベル:主題素材の記述

第二レベルでは、各楽章の主題(テーマ)素材を形式化する。各主題を音高クラス列・リズム型・調性文脈の組として表現する。

θ = (P, R, T)

ここで P は音高クラス列(Pitch Class Sequence)、R はリズム型、T は調性文脈である。版間の主題素材の差異は、θ の成分の差異として記述できる。

3.3.3 第三レベル:声部・和声・管弦楽法の記述

第三レベルは最も詳細であり、個々の音符・和声進行・声部書法・管弦楽法の完全な記述を含む。これは実質的に楽譜そのものをある形式言語に変換することに相当する。現代の音楽情報処理(MIR:Music Information Retrieval)の研究では、MusicXML や MEI(Music Encoding Initiative)がこの目的に使用されている。

圏論的観点からは、楽譜内容 𝕊 を「グラフ(有向グラフ)の圏 Graph における対象」として捉えることができる。この場合、音符・和声・声部は頂点(vertex)として、それらの間の時間的・和声的関係は辺(edge)として表現される。この「音楽的グラフ」から版圏への函手が、各版の楽譜内容を対象として送り込む。

3.4 版圏の位相的考察

版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 に位相論的な考察を加えることは、版の「近さ」と「遠さ」を形式化するために有用である。

3.4.1 版間の距離関数

二つの版 v と w の間の「距離」d(v, w) を定義することを試みよう。直感的には、二つの版が演奏上「よく似ている」ほど距離が小さく、「大きく異なる」ほど距離が大きい。

一つの形式化として、楽譜内容の対称差(symmetric difference)を使用する方法がある。

d(v, w) = |𝕊(v) △ 𝕊(w)| / |𝕊(v) ∪ 𝕊(w)|

ここで △ は対称差、| · | は「サイズ(メジャー)」を表す。この定義によれば d(v, v) = 0、d(v, w) = d(w, v)(対称性)が自動的に満たされ、三角不等式も成り立つ(または成り立つように 𝕊 を定義できる)。

この距離関数を使えば、版圏に距離空間の構造を与え、さらに「版のトポロジー」を考察することができる。例えば、第三番の三つの版がなす「点群」において、第一稿は第二稿・第三稿からの距離が大きく(改訂が大規模)、第二稿と第三稿は比較的近い(改訂が小規模)という幾何学的描像が得られる。

3.4.2 シンプリシャル複体としての版の関係

版間の「共有素材」関係を使って、版の集合にシンプリシャル複体(simplicial complex)の構造を与えることができる。

0-単体(頂点):個々の版

1-単体(辺):二つの版が有意な共有素材を持つ場合

2-単体(三角形):三つの版が互いに有意な共有素材を持つ場合

このシンプリシャル複体のホモロジー群を計算することで、版の関係網のトポロジカルな性質(連結成分の数、穴の数等)が明らかになる。例えば、第八番の1887年版・1890年版・ハース版のなす三角形の内部が「埋まっている」か否かは、三版の関係が「充填的(filled)」か「穴あき(hollow)」かを表す。

第四章 改訂プロセスの射としての分析

4.1 改訂射の分類学

ブルックナーの改訂プロセスを射として分析する際、改訂の種類を細かく分類することが重要である。ここでは改訂射の分類学(taxonomy of revision morphisms)を提案する。

4.1.1 削除射(Deletion Morphism)

削除射 del : v → w は、v に存在する音楽的内容が w では削除されている変換を表す。形式的には、𝕊(w) ⊂ 𝕊(v)(w の内容が v の内容の真部分集合)という関係が成り立つとき、del : v → w はモノ射(単射)ではなく、むしろ「サリエント・エピ射(surjection onto essential content)」として性格づけられる。

第三番の第一稿から第二稿への変換は主要な削除射の例である。ワーグナーの「タンホイザー」序曲、「ヴァルキューレ」の騎行、「神々の黄昏」の素材への引用が第二稿では除去された。また、第一楽章の展開部において約100小節以上のカットが行われた。この削除射は不可逆的であり(失われた素材は第二稿からは復元できない)、圏論的に言えば逆射が存在しない。

4.1.2 拡張射(Extension Morphism)

拡張射 ext : v → w は、v の内容が w では拡張・発展されている変換を表す。𝕊(v) ⊂ 𝕊(w) という関係が成り立つ場合がこれに相当する。拡張射はモノ射的な性格を持ちやすい(v の情報が w に保存される)。

第八番の第一楽章において、1890年版では1887年版のコーダが大幅に拡張された。また第三楽章アダージョも1890年版で大幅に拡張されている。これらは拡張射の典型例である。

4.1.3 変換射(Transformation Morphism)

変換射 trans : v → w は、v の素材が質的に変換されて w に現れる変換を表す。和声進行の変更、調性の変更、声部書法の書き換えなどがこれに相当する。変換射は削除でも拡張でもなく、素材の「変形(deformation)」として捉えられる。

第四番第二楽章(緩徐楽章)は版によって大きく変化しており、同じ主題素材が大きく異なる調性・和声コンテクストに置かれることがある。これは変換射の典型例であり、主題のアイデンティティは保たれつつも、その調性的文脈は変化するという「部分的同型性」を持つ。

4.1.4 置換射(Substitution Morphism)

置換射 sub : v → w は、v のある楽章・セクションが w では全く別の素材に置き換えられる変換を表す。これは最も強い形の「差異」を表す射であり、置換前後の素材の間に主題的連続性がほとんどない。

第四番のスケルツォ変更は置換射の典型例である。1874年版のスケルツォ(ハ短調、3/4拍子の「狩り」テーマ)は1878年版で別の楽章(変ホ長調、3/4拍子だが全く異なる素材)に置き換えられた。圏論的に言えば、この置換射は対応する射影が存在しない(両版のスケルツォから何か共通のものへの射が得られない)という意味で、引き戻し(pullback)が自明(trivially empty)になりうる。

4.2 外的圧力と改訂射の方向性

ブルックナーの改訂が純粋に内発的であったか、それとも外的圧力(弟子・指揮者・批評家・聴衆からのフィードバック)によって動機づけられたかという問題は、改訂射の「方向性」に関わる問題として圏論的に定式化できる。

4.2.1 内発的改訂と外発的改訂の圏論的区別

内発的改訂(intrinsic revision)は、ブルックナーが自律的な美学的判断から行った変更を指す。外発的改訂(extrinsic revision)は外部からの要求・批判・助言に応じた変更を指す。

この区別を圏論的に定式化するには、「改訂の動機の圏」を別途構成する必要がある。動機の圏 𝐌𝐨𝐭 の対象を「改訂動機(ブルックナー自身の判断、レヴィの拒否、ハンスリックの批判等)」とし、動機から版変換への函手 Φ : 𝐌𝐨𝐭 → 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 を考えることができる。この函手が充満でないことは、ある版変換が特定の動機によっては説明できないことを意味する。

4.2.2 弟子の介入とオーセンティシティ

ヨーゼフ・シャルク(Josef Schalk)、フランツ・シャルク(Franz Schalk)、フェルディナント・レーヴェ(Ferdinand Löwe)といったブルックナーの弟子たちは、彼の作品の改訂と初演に深く関与した。これらの弟子による介入は版圏においてどのように扱われるべきか。

一つのアプローチは、「オーセンティシティの度合い(degree of authenticity)」を射に付随する「重み(weight)」として形式化することである。ブルックナー自身による改訂射は重み 1(完全にオーセンティック)、弟子の介入が大きい版への射は重み 0 に近い値を持つ「重み付き射(weighted morphism)」として扱われる。これは通常の圏から「重み付き圏(weighted category)」または「豊化圏(enriched category)」への拡張を必要とする。

豊化圏(𝒱-enriched category)において、Hom 集合は単なる集合ではなく、豊化基底 𝒱 の対象となる。オーセンティシティの「度合い」を実数区間 [0, 1] で表す場合、版圏を [0, 1]-豊化圏として構成することができる。

Hom(v, w) ∈ [0, 1] [射の「オーセンティシティ重み」]

4.3 複合改訂と射の合成

ブルックナーの改訂は一段階で行われたわけではなく、複数の改訂段階を経ることが多い。射の合成という圏論的概念は、この複合改訂プロセスを形式化するのに自然に適合する。

4.3.1 改訂の合成と結合律

第三番の改訂を例に考えよう。

rev₁₂ : v₃¹ → v₃² [1873年版→1876年版]

rev₂₃ : v₃² → v₃³ [1876年版→1888年版]

rev₁₃ = rev₂₃ ∘ rev₁₂ : v₃¹ → v₃³ [合成改訂]

ここで重要な問いは、合成改訂 rev₁₃ と「直接の」第一稿から第三稿への射(もしそれが存在すれば)は同じか否か、という問いである。圏論的には、これは二つの射が等しいかどうかの問題である。

一般に、rev₂₃ ∘ rev₁₂ は「第一稿から第二稿を経て第三稿に至る歴史的プロセス」を表し、これは必ずしも「第一稿から直接第三稿へ」の射と等しくはない。ブルックナーが実際には第一稿から直接第三稿への変換を考えたことはなく、常に第二稿を経た段階的改訂を行ったという事実は、版圏における射の合成がただ単に「起点と終点」だけによって決まるものではなく、「経路(path)」によっても異なりうることを示唆する。

これは版圏が「自由圏(free category)」的な性格を持つことを示唆する。自由圏においては、射は経路そのものであり、合成は経路の連結である。異なる経路が同じ起点と終点を持っていても、それらは異なる射として扱われる(別の合同関係(congruence)を加えない限り)。

4.3.2 ブルックナーの「気持ちの変化」と圏論的べき等性

歴史的に知られている事実として、ブルックナーは改訂した版をさらに改訂し、時には初稿の段階に戻るような変更を加えることがあった。この「気持ちの変化(change of mind)」は、圏論的にはべき等射(idempotent morphism)や退行射(regression morphism)として記述できる可能性がある。

例えば、版 v → w → v’ という改訂の流れにおいて、v と v’ が「実質的に同じ」であれば、合成射 (v → w → v’) は「べき等射(idempotent)」的性格を持つ。圏論的べき等射 e : A → A は e ∘ e = e を満たすが、版の「回帰」はこれより弱い条件、すなわち v’ が v と同型(isomorphic)であるが同一ではないという状況に対応する。

4.4 楽章レベルでの射の分析

版圏の射をより細粒度で分析するために、個々の楽章レベルの圏を導入することができる。

4.4.1 楽章圏(Movement Category)

交響曲 n の版 v に対して、楽章圏 Mv(n) を定義する。Mv(n) の対象は v における各楽章であり、射は楽章間の(和声的・主題的・動機的)関係を表す。

楽章圏間の函手 Φ : Mv₁(n) → Mv₂(n) は、版 v₁ と版 v₂ の楽章間の対応を表す。この函手が同型(equivalence of categories)であるとき、二つの版は「楽章構成レベルで本質的に同じ」と言える。

4.4.2 小節・動機レベルへの精細化

さらに精細化すれば、小節レベルの圏、動機レベルの圏、音符レベルの圏を階層的に定義することができる。これらの間には「忘却函手(forgetful functor)」の系列が存在し、より詳細な圏からより粗い圏への構造的な写像を形成する。

𝐍𝐨𝐭𝐞 →(forget) 𝐌𝐨𝐭𝐢𝐟 →(forget) 𝐌𝐞𝐚𝐬𝐮𝐫𝐞 →(forget) 𝐒𝐞𝐜𝐭𝐢𝐨𝐧 →(forget) 𝐌𝐨𝐯𝐞𝐦𝐞𝐧𝐭

この忘却函手の系列は圏の「解像度スケール(resolution scale)」を形成し、どの粒度で版を比較するかという分析上の選択を形式化する。ブルックナー研究者が「版の差異は細部に過ぎない」と言うとき、それは楽章・セクションレベルの函手が同型(equivalence)であるという判断に相当する。逆に「版の差異は本質的」と言うとき、それは少なくとも一つの粒度レベルで函手が同型でないという判断である。

第五章 函手による版間変換の形式化

5.1 演奏実践の圏(Performance Category)

ブルックナーの版問題を圏論的に分析する際、版の圏(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤)だけでなく、演奏実践の圏(𝐏𝐞𝐫𝐟)も構成する必要がある。演奏実践の圏において、対象は「特定の指揮者・オーケストラによる特定の演奏(またはその録音)」であり、射は演奏間の「解釈的関係」を表す。

5.1.1 演奏圏の対象

π = (C, O, V, D, R)

ここで C は指揮者、O はオーケストラ、V は使用した版(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 の対象)、D は演奏日、R は録音情報(存在する場合)。演奏圏 𝐏𝐞𝐫𝐟₈ の対象の例:

π₈¹ = (Böhm, VPO, v₈ᴴ, 1976, DG) [ベーム/VPO, ハース版]

π₈² = (Karajan, BPO, v₈ᴺ², 1988, DG) [カラヤン/BPO, ノヴァーク版]

π₈³ = (Celibidache, MPO, v₈ᴺ², 1994, EMI) [チェリビダッケ/MPO]

π₈⁴ = (Wand, BPO, v₈ᴺ¹, 2001, RCA) [ヴァント/BPO, 1887年版]

5.1.2 演奏間の射

演奏間の射は、解釈的継承関係(ある指揮者の解釈が別の指揮者に影響を与えた)、版の影響関係(版の変更が演奏の特徴に影響した)、時代的変化(同じ指揮者による異なる時期の演奏)などによって定義される。

5.2 版函手(Version Functor)

版圏から演奏圏への函手 V̂ : 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ → 𝐏𝐞𝐫𝐟₈ を「版函手(Version Functor)」と呼ぼう。この函手は各版に対してその版を使用した代表的な演奏を対応させ、版間の射(改訂・校訂)に対して演奏間の射(解釈的変化)を対応させる。

V̂(v₈ᴴ) ≈ π₈¹ [ハース版 → ベームの演奏(代表例)]

V̂(v₈ᴺ²) ≈ π₈² [ノヴァーク1890年版 → カラヤンの演奏]

版函手 V̂ が「忠実(faithful)」であることは、版の差異が演奏の差異に忠実に反映されることを意味する。逆に V̂ が忠実でない場合、異なる版を用いながら似た演奏をする指揮者(または同じ版を使いながら大きく異なる解釈をする指揮者)が存在することになる。

実際の演奏実践を見ると、版函手は必ずしも忠実ではない。例えば、チェリビダッケのブルックナー演奏は版の違いよりも彼自身の解釈的個性(極端に遅いテンポ、長い残響での演奏)によって特徴づけられ、版差異の影響は相対化される。

5.3 解釈函手(Interpretation Functor)

演奏実践において重要なのは、指揮者が版の差異をいかに解釈するかという「解釈」の問題である。解釈函手 Ψ : 𝐈𝐧𝐭 → 𝐏𝐞𝐫𝐟 は、解釈の圏(𝐈𝐧𝐭、指揮者の美学的立場・版に対する態度等を対象とする)から演奏圏への写像を表す。

解釈圏の対象の例:

ι₁ = 「初稿主義」(作曲者の最初の意図を最重視)

ι₂ = 「最終稿主義」(作曲者の最後の意図を最重視)

ι₃ = 「歴史的批判的立場」(最良の校訂稿を使用)

ι₄ = 「演奏的折衷主義」(演奏効果を最大化する版を選択)

解釈函手 Ψ が充満(full)でないことは、演奏実践で実現されているすべての演奏が解釈の圏の射から説明できるわけではないことを意味する。例えば、ハース版を使用しながら「最終稿主義」を標榜するという一見矛盾した立場は、解釈圏から演奏圏への函手において対応する射がない「ギャップ」として現れる。

5.4 版の普遍性と余限(Colimit)

複数の版が存在する交響曲において、「すべての版を包括する普遍的な版」という概念は、余限(colimit)の概念によって形式化できる。

5.4.1 版圏の余限としての「超版」

版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ における余積(coproduct)は、第八番のすべての版の「和(union)」を表す。しかし真に有用なのは、版間の関係を考慮した余限(colimit)である。版の「貼り合わせ(gluing)」として得られる余限は、各版の固有の素材を保ちながら版間の関係を「折りたたんだ(folded)」対象を与える。

colim(v₈¹, v₈², v₈ᴴ, …) = v₈^∞ [「超版」]

この「超版」v₈^∞ は実際に演奏可能な版ではなく、「すべての版を統合した抽象的な版」である。圏論的には、v₈^∞ からの射が任意の版への射を分解できる(普遍性)という性質によって特徴づけられる。この概念は、ブルックナー研究者が「理想的なブルックナー」について語るときの直感的概念に対応する形式的実体として機能しうる。

5.4.2 余限と実践的版選択の関係

演奏者にとって実践的に重要なのは、余限の「普遍性(universal property)」である。もし「超版」v₈^∞ から特定の演奏 π への射が存在すれば、どの版を使用してもその演奏は理論上実現可能であることになる。逆に、特定の版 v からのみ π への射が存在し他の版からは射が存在しない場合、演奏 π はその版に本質的に依存していることが示される。

これは「版選択のオブリゲーション(obligation of version choice)」という実践的問題に形式的根拠を与える。演奏者が特定の版を「必ず選ぶべき」かどうかは、その演奏が目指す解釈の圏論的性質によって部分的に決定される。

第六章 自然変換と版の整合性

6.1 解釈の一貫性としての自然変換

圏論において自然変換は「函手間の射」として定義されるが、ブルックナーの版問題においては「異なる分析的アプローチの間の整合性」を記述する道具として機能する。

二つの分析函手 F, G : 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ → 𝐀𝐧𝐚 (𝐀𝐧𝐚 は分析結果の圏)を考えよう。F は「和声分析函手」(各版の和声的特徴を分析する)、G は「形式分析函手」(各版の形式的構造を分析する)とする。自然変換 α : F ⟹ G は、各版 v に対して和声分析 F(v) と形式分析 G(v) の間の「一貫した(consistent)対応」α_v : F(v) → G(v) を与える。

∀ rev : v → w, G(rev) ∘ α_v = α_w ∘ F(rev)

この自然性条件(naturality condition)は、「改訂によって和声分析がどのように変化するか」と「改訂によって形式分析がどのように変化するか」が一貫して対応していることを要求する。自然変換が存在するとき、二つの分析アプローチは「版の変化に対して一貫したふるまいをする」と言える。

6.2 版の整合性問題

ブルックナー研究において「版の整合性」とは、異なる版が示す音楽的要素(主題、和声、管弦楽法)の変化が互いに一貫しているかどうかという問題である。圏論的には、この問題は以下のように定式化できる。

6.2.1 和声分析と形式分析の整合性

第八番において、1887年版から1890年版への改訂における第一楽章コーダの変更は、和声分析(ハ短調の「暗い」結末から壮大な長調的コーダへ)と形式分析(提示部・展開部・再現部・コーダの比率変化)の両方に影響を与える。これら二つの変化が「整合的」であるとは、

(和声的変化の方向)= (形式的変化の方向) [自然変換の整合性]

が成り立つことを意味する。具体的には、コーダの「開放感(openness)」の増加が和声的変化(長調化)と形式的変化(規模の拡大)の両方において一貫して表れるとき、自然変換が存在する。

6.2.2 主題的一貫性と自然変換

ブルックナーの版改訂において、主題素材の扱い方の変化が自然変換を形成するかどうかは興味深い分析対象である。第三番の例で考えよう。

函手 F(主題提示分析)と函手 G(主題発展分析)を定義する。F は各版における主題の最初の提示の特徴(音高、音域、ダイナミクス、楽器)を記述し、G は各版における主題の発展(変奏、変形、断片化)の特徴を記述する。

第三番の三つの版において、ワーグナー引用の削除(v₃¹ → v₃²)は、F(主題提示)においては主要テーマの性格変化として現れ、G(主題発展)においては展開部の構造変化として現れる。これら二つの変化が自然変換を形成するならば、「引用の削除が主題提示と発展の両方で整合した変化をもたらした」という重要な分析的結論が得られる。

6.3 自然同型と版の等価性

自然変換の特別な場合として、各成分 α_v が同型射である「自然同型(natural isomorphism)」は、函手 F と G が「本質的に同じ」であることを表す。版問題への適用として、二つの分析函手が自然同型を持つことは、二つの分析アプローチが本質的に同じ情報を与えることを意味する。

より重要な応用は、版間の自然同型の考察である。もし版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ において版 v₈ᴴ(ハース版)と v₈ᴺ²(ノヴァーク1890年版)の間に「強い意味での」等価性(圏論的同型)が成立するとすれば、それは演奏実践上の選択においてどちらを使っても「本質的に同じ結果」が得られることを示す。しかし実際には、ハース版とノヴァーク版の間には自然同型は成立しない——ハース版独自の折衷的要素がノヴァーク版に対応する射を持たないからである。

6.4 モナド(Monad)と改訂の累積性

圏論において、モナド(monad)は自己函手(endofunctor)T : 𝒞 → 𝒞 に単位変換 η : Id ⟹ T と乗算変換 μ : T² ⟹ T を加えた構造であり、代数的な「計算の文脈(context of computation)」を表すために使用される。

(T, η, μ) : T ∘ T ⟹ T, η : Id ⟹ T

μ ∘ Tη = μ ∘ ηT = id_T (単位則)

μ ∘ Tμ = μ ∘ μT (結合則)

ブルックナーの版問題においてモナドの概念が有用となるのは、「改訂の累積(accumulation of revisions)」を記述する際である。改訂操作を自己函手 T : 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 → 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 として捉えると:

単位変換 η : Id ⟹ T は「改訂なし(identity revision)」を表し、各版をそれ自身に送る。

乗算変換 μ : T² ⟹ T は「二段階の改訂を一段階に統合する」操作を表す。

モナドの法則は「改訂を行わないことは何もしないことと同じ」(単位則)と「三段階以上の改訂の累積は結合的である」(結合則)を表す。これはブルックナーの改訂プロセスの「代数的性質」を捉える形式化である。

第七章 極限・余極限と版の統合

7.1 版の普遍的統合としての極限

圏論における極限(limit)の概念は、「複数の対象と射の情報を一つに統合したとき、最も節約的(economical)な統合対象」を与える。ブルックナーの版問題において、複数の版を「統合する」試みは文献学的・演奏実践的にしばしば行われてきた。極限の概念は、このような統合の「正しい」形式的定義を提供する。

7.1.1 余積(Coproduct)としての「全版集積」

最も素朴な統合概念は余積(coproduct)、すなわちすべての版の「不連続な和(disjoint union)」である。余積 ⊔_i v_i はすべての版の素材を個別に保ちながら一つの対象に統合する。しかしこれは「全版集積」に過ぎず、版間の関係は失われる。

7.1.2 押し出し(Pushout)としての「最小共通拡張」

二つの版 v₈¹ と v₈² が共通の起源 C(ブルックナーの初期スケッチ)から派生している場合、押し出し(pushout)が「最小の共通拡張」を与える。

C ──f──> v₈¹

|g |

↓ ↓

v₈² ──> P [Pushout P]

押し出し P は「v₈¹ と v₈² の両方の変更を C から出発して最小限に包含する版」である。これはブルックナーが両方の改訂を同時に行っていた場合に到達しえた「仮想の版」として解釈できる。

重要なのは、実際のハース版がこの押し出しに相当するかどうかという問いである。ハース版は1887年版と1890年版の素材を組み合わせているが、それが「最小共通拡張」(押し出し)であるかどうかは非自明である。ハース版の批判者が指摘するのは、ハース版が押し出しではなく、恣意的な「混合(eclecticism)」であるという点である——すなわち、ハース版は Pushout の普遍性条件を満たさないということである。

7.2 引き戻し(Pullback)と「版の公約数」

引き戻し(pullback)は、二つの版が共通する構造的「核(core)」を抽出する操作として機能する。

7.2.1 第八番の引き戻し分析

1887年版 v₈¹ と1890年版 v₈² は、ともにある「共通の意図的核 K」から出発している(少なくとも第一楽章の提示部や第二楽章スケルツォの主要素材は両版で実質的に同じ)。引き戻し P を以下のように構成する。

P ──p₁──> v₈¹

|p₂ |f₁

↓ ↓

v₈² ──f₂──> K [共通基盤 K へ射]

引き戻し P は「v₈¹ と v₈² の両方において同じ機能を果たす部分」の集合体である。これは「版横断的なオーセンティックな核」の形式的定義として機能する。

具体的に言えば、第八番の引き戻し P には以下が含まれるだろう。第一楽章の主題素材(第一主題・第二主題・第三主題の基本形)、第二楽章スケルツォの基本的な形式構造、第三楽章アダージョの主題(ただし発展の規模は除く)、第四楽章フィナーレのコラール主題。

逆に、引き戻し P に含まれないもの(すなわち版固有の要素)は、1887年版特有のコーダ形式、1890年版特有のアダージョの拡張部分、両版で異なる管弦楽法の細部等である。

7.3 終対象(Terminal Object)としての「理想版」

版圏における終対象(terminal object)1 は、すべての版から唯一の射を受け入れる「理想版」である。形式的には、

∀v ∈ ob(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈), ∃! f_v : v → 1

この「理想版」の概念は、音楽学的に言えば「真のブルックナー」「作曲者の最終意図」に相当するものである。しかし、実際の版圏において終対象が存在するかどうかは非自明の問いである。

終対象が存在しないケース(ブルックナーの版問題の現実):各版から「唯一の」射が存在するような版は存在しない。ハース版はすべての版からの射を受け入れるが、その射は一意でない(ハース版への変換方法が複数存在する)。ノヴァーク版(1887年)は1887年自筆稿からは「唯一の」校訂射を受け入れるが、1890年版からの射は自明(trivial)でしかない。

したがって、版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ には終対象が存在しない可能性が高い。これは形式的に「ブルックナーの真の最終版は存在しない」という歴史的・美学的結論に対応する。版圏が終対象を持たないという圏論的事実は、版問題が本質的に未決定であることの形式的表現である。

7.4 米田の補題(Yoneda Lemma)と版の表現

圏論の最重要定理の一つである米田の補題(Yoneda Lemma)は、版圏の分析においても根本的な洞察を提供する。

𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈(v, -):𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈ → 𝐒𝐞𝐭

版 v を「表現可能函手(representable functor)」によって特徴づけることができる。𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈(v, -) は、v から他の任意の版への射の集合を対応させる函手であり、「v の視点から見た版圏の構造」を表す。

米田の補題は次のことを述べる。

Nat(𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₈(v, -), F) ≅ F(v)

すなわち、函手 F(例えば「各版の和声的複雑さを数値で返す函手」)への自然変換の集合は、F(v)(v の和声的複雑さ)と自然同型である。これは「版の性質は、その版が他の版とどのように関係しているかによって完全に決定される」という根本的な洞察を表す。版の「本質」は版そのものの内部ではなく、版の「関係網(web of relations)」のなかにある。

この米田的観点は、ブルックナー版問題への根本的な視点転換を促す。「どの版が真のブルックナーか」という問いを「版そのものの内部性質」に求める代わりに、「どの版が他の版との関係において最も中心的(central)な位置を占めるか」という問いに転換することができる。

第八章 個別交響曲の圏論的分析

8.1 第三番交響曲の圏論的分析

8.1.1 ワーグナー引用の削除と函手的観点

第三番交響曲における版間の最も劇的な変化は、ワーグナー作品への引用の削除である。第一稿(1873年版)には「タンホイザー」序曲のテーマ、「ヴァルキューレ」の「眠りの動機」、「トリスタンとイゾルデ」の「欲望の動機」、「神々の黄昏」の素材が織り込まれていた。これらは第二稿(1877年版)において大幅に削除・変形された。

圏論的に分析しよう。引用素材の集合を R(References)とする。第一稿における引用は「埋め込み函手」

ι : 𝐑𝐞𝐟 → 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃¹

によって形式化できる。第二稿への改訂射 rev₁₂ : v₃¹ → v₃² は、この埋め込みの「像(image)」を消去する。

ここで重要な問いは、rev₁₂ の後に 𝐑𝐞𝐟 から 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃² への函手が存在するかどうかである。もし第二稿においても(隠れた形で)ワーグナー的素材が「痕跡」として残存しているならば、弱い意味での函手(忠実でない函手)が存在する可能性がある。音楽学的研究は、第三稿においてもワーグナーの影響が和声語法のレベルで持続していることを指摘しており、これは圏論的に言えば「忘却函手的な痕跡」として形式化できる。

8.1.2 第三番の三版の圏論的位置づけ

第三番の三版を圏論的に位置づけると以下のようになる。

第一稿 v₃¹ は「最も豊かな対象」であり、ワーグナー引用・長大な構造・複雑な和声を持つ。圏論的には、v₃¹ は𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃ において「最も多くの射が出ていく対象」(initial-object に近い性格)を持ちうる。

第三稿 v₃³ は「最もコンパクトで演奏可能な対象」であり、大幅に整理された素材と明快な構造を持つ。v₃³ は 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₃ において「最も多くの射が入ってくる対象」(terminal-object に近い性格)を持ちうる。

第二稿 v₃² はその中間に位置し、第一稿から第三稿への「遷移状態(transition state)」として機能する。圏論的には、v₃² は引き戻し(v₃¹ と v₃³ の「公約数」)には近いが、それ自体が引き戻しとなっているわけではない(v₃² は独立した対象として固有の性質を持つ)。

8.2 第四番交響曲の圏論的分析

8.2.1 スケルツォ置換の余積的解釈

第四番の最大の版問題は第三楽章スケルツォの置換であることは既に述べた。この置換を圏論的に捉えると、第一稿の版圏と第二稿の版圏は「スケルツォ圏(Scherzo Category)」における射の存在において本質的に異なる。

スケルツォ圏 𝐒𝐜𝐡 の対象として Sch₄¹(第一稿スケルツォ)と Sch₄²(第二稿スケルツォ)を設定すると、𝐒𝐜𝐡(Sch₄¹, Sch₄²) の射の集合がほぼ空(または自明な射のみ)であることが、置換の「不連続性」を表す。

これに対して、第四番の他の楽章(第一楽章・第二楽章・第四楽章)における版間の変換は、比較的豊かな射の構造を持つ。この対比は、版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₄ が「連続的変化の部分」と「不連続的置換の部分」という異質な射の構造から成る「混合的圏(hybrid category)」であることを示す。

8.2.2 第四番の「ロマンティック」称号と圏論的同一性

「ロマンティック」という標題が付されているのは主として第二稿(1878–80年版)であり、第一稿は必ずしもこの称号と結びついて意図されたわけではない。この事実は版の「同一性」問題を提起する。

「第四番ロマンティック」という作品の同一性を圏論的に問うと:作品の同一性は特定の版によって定義されるのではなく、版圏における「不変量(invariant)」によって定義される、という立場が可能である。版圏の不変量とは、すべての版から同じ値を返す函手 F:

∀rev : v → w, F(v) ≅ F(w)

であるような函手のことである。「第四番ロマンティック」の不変量の候補としては、全体的な調性設計(変ホ長調)、四楽章構成、「ロマンティックな自然描写」という標題的性格、特定の主題的細胞(最初の第一主題のリズム型等)がある。

8.3 第八番交響曲の圏論的分析

8.3.1 1887年版と1890年版の射の詳細分析

第八番の二つの自筆稿の間の射 rev : v₈¹ → v₈² を詳細に分析しよう。この射は楽章ごとに異なる性格を持つ。

【第一楽章】:展開部のカット、再現部の変更、コーダの全面書き直しという大規模な変更が行われた。特にコーダは1887年版では主音ハ短調で終わるが(第一楽章独立の終止)、1890年版では長大な長調的コーダに変更された。この変更は「楽章の意味(narrative)」を根本的に変える変換であり、変換射の性格を持つ。

圏論的に言えば、第一楽章の射 rev_I : v₈¹|_I → v₈²|_I は非同型射(non-isomorphic morphism)であり、逆射が存在しない。1887年版第一楽章の「暗い」終結は1890年版に復元できない。

【第二楽章(スケルツォ)】:主要素材は両版で共通しており、差異は細部の管弦楽法と中間部(トリオ)の一部にある。これは比較的「弱い変換」であり、スケルツォの射 rev_II : v₈¹|_II → v₈²|_II は「ほぼ同型」と言える。

【第三楽章(アダージョ)】:1887年版(約24分)から1890年版(約28分)への拡張は、主として展開部の充実によるものである。この変換は拡張射の典型であり、1887年版の内容は1890年版に埋め込まれている——すなわち モノ射的性格を持つ。

【第四楽章(フィナーレ)】:両版で異なる点が多く、特に中間部の組み立てと再現部の構成に大きな差異がある。また「コラール主題(Chorale theme)」の提示の仕方も版によって異なる。この射は変換射と削除射の複合的性格を持つ。

8.3.2 ハース版の圏論的地位

ハース版 v₈ᴴ の圏論的地位は、版圏 𝐁𝐫𝐮𝐚𝐜𝐤₈ において最も興味深い問題を提起する。

ハース版は積(product)的存在か、余積(coproduct)的存在か、押し出し(pushout)的存在か——これが問題の核心である。

ハース版が積 v₈¹ × v₈² であるとすれば、v₈ᴴ から v₈¹ への射影と v₈² への射影が存在し(これは対応する)、かつ任意の版 X に対して X → v₈¹ と X → v₈² の「組」から唯一 X → v₈ᴴ が得られる(これは成立しない——ハース版の折衷的要素がこの一意性を破壊する)。

より正確には、ハース版は「弱い積(weak product)」または「部分的押し出し(partial pushout)」として特徴づけられる。ハースの編集的判断は圏論的普遍性を持たず、したがってハース版は版圏の普遍的構成物ではなく、「一つの解釈的選択」に過ぎないという厳しい結論が导かれる。これは学術的には長く批判されてきたハース版の問題点を、圏論的言語で精密に表現したものである。

8.4 第九番交響曲の圏論的分析

8.4.1 未完成という「未完の対象(incomplete object)」

第九番は三楽章完成・一楽章未完という特殊な状況にある。この「未完成性」を圏論的にどう扱うか。

一つのアプローチは、「部分的対象(partial object)」の概念を導入することである。完成した対象(版)に対して、部分的対象は「一部の定義域においてのみ定義された射」しか持たない。第九番の完成三楽章は完全な対象として、フィナーレは「部分的対象」として扱われる。

より洗練されたアプローチは、フィナーレのスケッチを「射の集合(family of morphisms)」として捉えることである。スケッチには多くの「アイデアの断片(fragments of ideas)」が含まれており、これらは「潜在的射(potential morphisms)」のプールとして形式化できる。補完の試みは、このプールから特定の射を選択して「完成した射」を構成する操作として捉えられる。

8.4.2 補完版の圏論的地位

フィナーレの補完を試みた版(サマーレ=フィリップス=コールス=マッツーカ版等)は、版圏においてどのような地位を占めるか。

補完版 v₉ᶜ の圏論的地位は、スケッチ素材 Sk から出発して「自由に構成された(freely constructed)」対象として捉えることができる。具体的には、スケッチの圏 𝐒𝐤 から版圏への函手 F : 𝐒𝐤 → 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤₉ において、補完版は F の「左随伴(left adjoint)」的構成物として位置づけられる可能性がある。

左随伴は「自由構成(free construction)」を与えることが多い。スケッチ素材から「最も自由な補完版」(すべての可能な補完と整合する普遍的補完版)を構成することは、余自由対象(co-free object)の構成に相当する。しかし実際の補完版は、作曲家・編曲家の美学的判断によって「自由度」が制限されており、真の意味での普遍的補完版ではない。

この圏論的分析から得られる結論は:フィナーレの「真の」補完版は版圏においても余自由対象でも終対象でもなく、複数の潜在的補完のなかの「一つの選択」に過ぎないという、演奏実践上の謙虚な認識につながる。

第九章 演奏実践への含意

9.1 指揮者の版選択と圏論的ガイダンス

演奏者・指揮者にとって最も実践的な問いは「どの版を演奏すべきか」である。圏論的分析は、この問いに対して直接の「答え」を与えるのではなく、問いをより精密に立てるための枠組みを提供する。

9.1.1 版選択の目的関数の圏論化

指揮者が版を選択する際の目的(objective)を形式化しよう。目的 O は、版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 から値域 V(例えば実数 ℝ や順序集合)への函手として表現できる。

O : 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 → 𝐕

異なる目的の例:

O_auth(オーセンティシティ最大化):作曲者の最終意図への忠実度を最大化する。

O_hist(歴史的重要度):歴史的文脈における重要度(初演版・最終版・広く使用された版)を最大化する。

O_perf(演奏効果):実際の演奏における音楽的効果(聴衆への訴求力・演奏技術的実現可能性)を最大化する。

O_acad(学術的正確性):学術的校訂の精度と信頼性を最大化する。

これらの目的函手は一般に互いに自然変換の関係を持たない——すなわち、オーセンティシティと演奏効果は必ずしも整合的でない。ハース版は演奏効果(O_perf)において高い値を返す可能性があるが、学術的正確性(O_acad)においては低い値を返す。ノヴァーク版1887年は学術的正確性において高いが、現代の聴衆の耳には馴染みの薄い版かもしれない。

9.1.2 多目的最適化と Pareto 前線の圏論化

複数の目的関数が存在する場合、「すべての目的において最良の版」は一般に存在しない。これは多目的最適化の問題であり、Pareto 最適解(他の目的を犠牲にしなければ改善できない解)の概念が関係する。

圏論的には、Pareto 前線(Pareto frontier)は版圏における「優越される射を持たない対象」の集合として定式化できる。版 v が Pareto 最適であるとは、

∄w ≠ v : O(v → w) が全目的において ≥ であり少なくとも一つは >

ということである。第八番の場合、Pareto 前線には1887年版(歴史的重要度・作曲者の初稿という意義)、1890年版(作曲者の最終改訂・学術的正確性)、ハース版(演奏伝統・演奏効果)が含まれる可能性があり、これら三版がそれぞれ異なる優越関係において「最適」であることを示す。

9.2 版知識と演奏解釈の関係

演奏者が版の差異についての知識を持つことは、演奏解釈にどのような影響を与えるか。この問いを圏論的に定式化することができる。

9.2.1 版知識の函手的効果

版知識を持つ演奏者は、単に「与えられた版を演奏する」のではなく、「版の文脈(context of versions)」を意識した演奏を行う。この「文脈意識」は、演奏解釈に版知識を「織り込む(incorporating)」函手として形式化できる。

K : 𝐊𝐧𝐨𝐰 × 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 → 𝐏𝐞𝐫𝐟

ここで 𝐊𝐧𝐨𝐰 は「版知識の圏」(演奏者が保有する版差異についての知識体系を対象とする)であり、K は版知識と使用版の組から演奏を生成する二変数函手である。

版知識が豊富な演奏者(例えばブルックナー研究の専門家でもある指揮者)は、1887年版を演奏しながら1890年版との差異を意識した解釈を加えることができる。これは函手 K における 𝐊𝐧𝐨𝐰 の成分が大きいときの効果として圏論的に記述される。

9.2.2 版横断的演奏の形式化

一部の指揮者は、特定の楽節において一方の版を使用し、別の楽節では他の版を使用するという「折衷的演奏(eclectic performance)」を行う。この実践は圏論的には「局所的射の合成(composition of local morphisms)」として形式化できる。

楽章ごと(または区間ごと)の版選択を射の列として表すと:

perf = [I: v₈¹, II: v₈², III: v₈², IV: v₈¹]

これは版圏における「部分的射(partial morphism)」の概念を必要とする。部分的射とは、全楽章にわたって定義された射ではなく、特定の楽章(対象の部分)にのみ定義された射である。このような演奏は版圏の「層(sheaf)」的構造——局所的な射を全体的射に貼り合わせる操作——として理解できる。

9.3 録音と版の圏論的関係

現代の演奏実践において録音は重大な役割を果たす。録音は特定の版・特定の指揮者・特定のオーケストラによる演奏の「固定化(crystallization)」であり、後世への伝達媒体である。

9.3.1 録音函手(Recording Functor)

録音函手 Rec : 𝐏𝐞𝐫𝐟 → 𝐑𝐞𝐜 は、演奏の圏から録音の圏への関手であり、演奏の「メディア的固定化」を表す。Rec が忠実(faithful)でないことは、異なる演奏が「同じ録音」に収束する場合があることを意味し(不完全な録音技術による情報損失)、Rec が充満(full)でないことは、「演奏の圏」において存在する関係が録音の圏では対応しない場合があることを意味する(録音では捉えられない演奏のライブ的要素)。

9.3.2 録音による版解釈の固定化と変化

特定の版の「標準的解釈」が一つの録音によって定着することがある(例えばカラヤン指揮・ベルリンフィルによる第八番録音がノヴァーク版の「基準」解釈として機能するなど)。この「解釈の固定化」は、圏論的には録音函手 Rec によって引き起こされる「射の識別(identification of morphisms)」として理解できる。

すなわち、録音 R が演奏 π に対応するとき、R から見ればπに至る異なる解釈的経路(異なるテンポ、異なるアーティキュレーション)が「同一視」される。これはコイコライザー(coequalizer)的な操作であり、录音は演奏の多様性を「商(quotient)」によって縮約するという圏論的作用を持つ。

第十章 結論:圏論がブルックナー研究に開く展望

10.1 本書の主要な知見の総括

本書を通じて行った圏論的分析の主要な知見を総括しよう。

第一の知見:版は「孤立した対象」ではなく、射の網目(web of morphisms)のなかで意味を持つ存在である。米田の補題が示すように、版の「本質」はその内部にあるのではなく、他の版との関係の構造のなかにある。これは「どの版が真のブルックナーか」という問いを、「どの版が最も豊かな関係的位置を占めるか」という問いへと転換することを促す。

第二の知見:版圏は終対象(terminal object)を持たない可能性が高い。これは「唯一の正しい版」が存在しないことの形式的表現であり、ブルックナー研究における版問題が本質的に「多元的」であることを示す。

第三の知見:ハース版の折衷的構成は圏論的普遍性(universality)を満たさない。ハース版は版圏における積(product)でも押し出し(pushout)でもなく、「一つの解釈的選択」に過ぎない。これは長らく実演界で支配的であったハース版の使用に対して、学術的批判(ノヴァーク以降の批判)を圏論的言語で裏付けるものである。

第四の知見:版選択の問題は多目的最適化問題として定式化され、Pareto 最適解が複数存在することが示される。オーセンティシティ・学術的正確性・演奏効果・歴史的重要性という異なる目的関数の間に、自然変換(整合的対応)が存在しないことが多い。したがって「唯一の最良版」は存在せず、目的に応じた版選択が正当化される。

第五の知見:改訂射の分類学(削除射・拡張射・変換射・置換射)は、版間の差異を定性的に記述する精密な語彙を提供する。特に第四番のスケルツォ置換が「置換射」(最も強い不連続性を持つ射)として識別されることは、この変更が単なる「改訂」ではなく「部分的再作曲」であることの形式的確認である。

10.2 圏論的音楽学の方法論的意義

本書が提案した圏論的音楽学(Categorical Musicology)のアプローチは、ブルックナーの版問題を超えて、音楽学の広い領域に方法論的示唆を与える。

10.2.1 テクストの複数性への形式的アプローチ

音楽以外の芸術分野でも、テクストの複数性(文学における版・写本の問題、絵画における複数の状態(états))は重要な研究対象である。版圏のアプローチは、これらの分野においても適用可能な一般的方法論を提供する。

特に有望な応用領域として、バッハの作品における自筆稿と弟子による筆写稿の関係、モーツァルトの未完成作品(レクイエム)における補完版の問題、ショパンの作品における複数の自筆稿(ポーランド語稿・フランス語稿)の関係、ヴェルディのオペラにおける版改訂(「マクベス」「シモン・ボッカネグラ」「ドン・カルロ」等)が挙げられる。

10.2.2 圏論と音楽理論の接点

本書の分析を超えて、圏論と音楽理論の接点はさらに広がっている。音楽理論家のDmitri Tymoczkoは音高空間を幾何学的オービフォールドとして捉える研究を行っており、これは圏論的観点からはトポス的構造として再解釈できる可能性がある。また、David Lewisの調性理論における「変換(transformation)」の概念は、群論(圏論の特殊ケース:群は対象が一つの圏)として長く研究されてきたが、圏論的拡張によって変換間の関係(自然変換)をも扱える枠組みが得られる。

和声分析における機能和声理論(Functional Harmony)を圏論化する試みも考えられる。トニック・ドミナント・サブドミナントという和声機能を圏の対象として、それらの間の機能的変換を射として定式化することで、和声進行のパターンを圏論的普遍性の観点から分析することができる。

10.3 限界と課題

本書のアプローチには重要な限界がある。これらを率直に認識することが、今後の研究の発展のために不可欠である。

10.3.1 形式化の限界

圏論的分析が提供するのは形式的枠組みであり、個々の音楽的判断を代替するものではない。楽譜内容の形式化(𝕊 の定義)は原理的には可能であるが、実際の実施は膨大な労力を要し、現時点では完全には達成されていない。MEI(Music Encoding Initiative)等の標準的符号化は進んでいるが、版間比較のための統一的形式言語はまだ確立されていない。

10.3.2 オーセンティシティの複雑性

「オーセンティシティの度合い」を [0, 1] に数値化するという提案は、実際にはきわめて困難である。オーセンティシティは単一の次元ではなく、多次元的概念(作曲者の意図・時代的文脈・演奏伝統等)であり、単純な数値化によって失われる情報が多い。豊化圏(enriched category)の基底を [0, 1] ではなく多次元の空間に設定することで、この問題を部分的に緩和できるが、形式的複雑さが増大する。

10.3.3 演奏実践の生きた次元

演奏は楽譜や版によって完全に決定されるものではなく、演奏者の身体性・即興性・聴衆との相互作用という「生きた次元(lived dimension)」を持つ。圏論的分析は楽譜レベルの形式的関係を記述するが、この生きた次元を完全に捉えることはできない。これは圏論の限界であると同時に、音楽という芸術の本質的な側面でもある。

10.4 ブルックナーの版問題と音楽の存在論

本書の分析を経て、ブルックナーの版問題は単なる文献学的問題ではなく、音楽の存在論(ontology of music)に根ざした根本的問題であることが明らかになった。

圏論的観点からの存在論的提案:音楽作品は固定した「対象」ではなく、版・演奏・解釈・受容という複数の圏にわたる「射の束(sheaf of morphisms)」として存在する。ブルックナーの「第八番交響曲」は、1887年版でも1890年版でもハース版でもなく、これらすべてと演奏実践・解釈の圏を包括する「版圏の射的構造全体」として存在する。

この存在論的立場を「関係的実在論(relational realism)」と呼ぶことができる。音楽作品は実体的に存在するのではなく、関係的に存在する。圏論はまさにこの「関係的存在」を記述するために設計された数学的言語であり、音楽の存在論への自然な適合を示す。

ブルックナーが生涯にわたって自己の作品を改訂し続けたという事実は、この「関係的実在論」の観点から積極的に再評価できる。改訂は「完成した作品の損壊」ではなく、「作品という関係的存在の継続的生成」であった。ブルックナーは死ぬまで自作を「完成」させなかったのではなく、自作を「関係的に生きた存在」として維持し続けたのである。

第九番のフィナーレを書き終えることなく世を去ったブルックナーを、「未完成」という悲劇的言葉で描写することが通例である。しかし圏論的な観点からは、フィナーレの豊富なスケッチは「完成への道の途中」ではなく、「射の潜在的プール(potential pool of morphisms)」として積極的な意味を持つ。ブルックナーの死は射の生成を止めたが、スケッチという形で「潜在的射の空間(space of potential morphisms)」は後世に残された。補完の試みはこの潜在的空間から特定の射を「現実化(actualize)」する行為であり、それは創造的行為としての正当な音楽的実践である。

以上の分析を踏まえて、本書は以下の結論を提示する。ブルックナーの版問題は、圏論という精密な数学的言語によって初めて適切に記述できる複雑な関係的構造を持つ。版は孤立した「対象」ではなく、改訂・校訂・解釈・演奏という射の網目のなかに生きる「関係的存在」である。この視点に立てば、「どの版が真のブルックナーか」という問いは解消されるのではなく、より豊かな問い——「ブルックナーの作品という関係的存在はどのような圏論的構造を持ち、その構造はわれわれの演奏・研究・享受においてどのように関与するか」——へと深化される。圏論的音楽学は答えを与えるのではなく、問いの質を高める。それが形式的方法論の真の贈り物である。

補論 ブルックナーの改訂心理と圏論的時間性

補論1 改訂の時間構造:前向き射と後向き射

ブルックナーの版改訂を圏論的に扱う際、時間という次元を明示的に導入することが重要である。改訂は常に時間の流れにおいて生起し、「前の版」から「後の版」へという方向性を持つ。しかし、ブルックナーの場合、この「前後」関係は必ずしも直線的ではない。

圏論的時間性を扱うための枠組みとして、「時間付き圏(timed category)」を導入しよう。時間付き圏では、各射 f : v → w に対して時間区間 [t_f^{start}, t_f^{end}] が付随する。この区間は、改訂プロセスの開始時刻と終了時刻を表す。

f : v → w with [t_f^s, t_f^e] ⊂ ℝ

ブルックナーが第三番の改訂を1873年から1877年にかけて行ったとすれば、改訂射 rev₁₂ : v₃¹ → v₃² の時間区間は [1873, 1877] である。同様に、第三稿への改訂射 rev₂₃ : v₃² → v₃³ の時間区間は [1888, 1889] である。

時間付き圏の合成則:射の合成は時間区間の整合性(一方の終了が他方の開始以前であること)を要求する。

f : v → w [t^s_f, t^e_f] ∘ g : u → v [t^s_g, t^e_g] ⟹ t^e_g ≤ t

この整合性条件は、ブルックナーの改訂における「重複」(複数の版を同時に改訂する)という現象を形式化する際に問題を生じさせる。例えば、第八番の改訂中(1887–1890)に第三番第三稿の改訂(1888–1889)も並行して行われた。時間付き圏においてこの「並行改訂」を扱うためには、時間区間の「重複(overlap)」を許す拡張が必要であり、これは通常の線形時間から「並行時間(concurrent time)」への移行を意味する。

並行時間の形式化には、プロセス代数(process algebra)やペトリネット(Petri nets)との接続が有望である。特にペトリネットの圏論的定式化(Meseguer-Montanariによる対称モノイダル圏としての定式化)は、ブルックナーの並行改訂プロセスを精密に記述する枠組みを提供する可能性がある。

補論2 批評言語と版評価の圏論化

ブルックナーの版をめぐる批評言語を圏論化することは、音楽批評の「客観化」ではなく、批評的言説の構造を明示化する試みである。批評言語は往々にして曖昧で論争的であるが、その論争の構造自体を圏論的に記述することができる。

批評言説の圏(Discourse Category)

批評言説の圏 𝐃𝐢𝐬𝐜 において、対象は「批評的主張(critical claim)」であり、射は「主張間の含意・支持・反論関係」を表す。例えば次のような批評的主張を考えよう。

主張 c₁:「1887年版の第一楽章コーダはブルックナーの最初の構想を示す」

主張 c₂:「レヴィの拒絶はブルックナーを精神的に傷つけ、改訂を強いた」

主張 c₃:「1890年版の第一楽章コーダはブルックナーの成熟を示す」

主張 c₄:「ハース版は歴史的に実在しない版を作り出した」

これらの主張間には、含意関係(c₂ → c₁:レヴィの拒絶が外的圧力であれば初稿の重要性が高まる)、対立関係(c₁ と c₃ は両立可能だが優先順位をめぐって論争的)、否定関係(c₄ は c₃ の価値評価に疑問を投げかける)が存在する。

批評言説の圏 𝐃𝐢𝐬𝐜 から版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 への函手 Ev(評価函手)は、各批評的主張が版の選択や評価にどのような影響を与えるかを形式化する。Ev が充満でないこと、すなわち版圏のある対象(特定の版)に対応する批評的主張が 𝐃𝐢𝐬𝐜 に存在しないことは、「批評言語によって完全には捉えられない版の側面」が存在することを示す。

ハンスリックの批評と版改訂の因果構造

エドゥアルト・ハンスリック(Eduard Hanslick, 1825–1904)の批評がブルックナーの改訂に与えた影響は、音楽史における因果関係の問題として長く論じられてきた。圏論的には、この因果関係を「批評言説圏から版圏への函手の合成」として記述することができる。

ハンスリックの批評 h ∈ 𝐃𝐢𝐬𝐜 から版改訂射 rev ∈ 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 への「因果の連鎖」は、批評 h がブルックナーの改訂動機 m ∈ 𝐌𝐨𝐭 に影響し、改訂動機が改訂射を生み出すという函手の合成として形式化できる。

𝐃𝐢𝐬𝐜 ─Φ→ 𝐌𝐨𝐭 ─Ψ→ 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤

この因果連鎖が「函手的」であるとすれば、批評の変化(ハンスリックが賛成から批判に変わる)が改訂動機の変化を経て版の変化をもたらすという構造的な関係が成立する。ただし、実際の歴史的プロセスはこれほど単純ではなく、函手的合成はせいぜい「大まかな傾向」を記述するに過ぎない。

補論3 受容史の圏論的記述

ブルックナーの版問題は、作品の創作・改訂の次元だけでなく、受容史という次元においても圏論的に分析できる。受容史の時系列的圏 𝐑𝐞𝐜𝐡 において、対象は特定の時代・地域・社会集団における「ブルックナー理解の状態」であり、射は「理解の変容」を表す。

時代ごとの「ブルックナー理解の状態」を以下のように設定しよう。r₁(1880年代ウィーン)は、ワーグナー派とブラームス派の対立の中でのブルックナー受容であり、保守的なウィーンの音楽界においてブルックナーは「ワーグナー派の交響曲家」として位置づけられた。r₂(1900–1920年代)は弟子たちによる普及・改訂版主流時代であり、シャルク兄弟やレーヴェによる版が演奏の標準となった。r₃(1930–40年代)はナチス・ドイツによるブルックナー利用とハース版の登場を特徴とする。r₄(1950–70年代)はノヴァーク版の普及・初稿主義の台頭という特徴を持ち、r₅(1980年代から現在)は複数版の共存・歴史的演奏実践の影響の時代である。

これらの受容状態間の射は、「受容のパラダイム転換」を表す。受容史の圏 𝐑𝐞𝐜𝐡 から版圏 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 への函手 Rec は、特定の時代の受容が特定の版の選好に対応する関係を形式化する。r₁ では第三稿が主流、r₂ では弟子たちの改訂版が流通、r₄ では初稿・ノヴァーク版が重視という歴史的事実が、函手 Rec によって形式化される。

ナチス・ドイツの文脈において、版の音楽的性質よりも政治的イデオロギーへの適合性によって射が選択されるという「文脈的歪み(contextual distortion)」は、受容函手の「非忠実性(unfaithfulness)」として記述できる。政治的文脈が版評価に介入することで、𝐑𝐞𝐜𝐡 から 𝐁𝐫𝐮𝐜𝐤 への函手は忠実でなくなる——すなわち、受容の圏における差異(例えば「音楽的優れた版」と「政治的に都合の良い版」の差異)が版圏においては識別されなくなる、という形式的記述が可能である。

補論4 情報幾何学との接続

圏論はしばしば情報幾何学(Information Geometry)と接続される。情報幾何学は、確率分布の空間に微分幾何学的構造(特にフィッシャー計量)を付与することで、統計的推論の幾何学的理解を深める分野である。甘利俊一による先駆的研究はこの分野を切り開き、現在では機械学習理論においても中心的役割を果たしている。

ブルックナーの版問題を情報幾何学的に捉えると、各版は「ブルックナーの音楽的意図に関する確率分布」として解釈できる。版 v における音楽的要素 e の存在確率を P_v(e) とすると、各版は確率分布 P_v として位置づけられる。

v ↦ P_v : E → [0, 1]

ここで E は「可能な音楽的要素の全体」(あるブルックナー交響曲において理論上ありうるすべての和音・旋律・管弦楽法的選択)の空間である。

版間の距離はカルバック・ライブラー発散(Kullback-Leibler divergence)によって定義できる。

D_{KL}(P_{v₁} || P_{v₂}) = Σ_e P_{v₁}(e) log(P_{v₁}(e) / P_{v₂}(e))

情報幾何学的枠組みにおいて、改訂は確率分布空間における「測地線(geodesic)」として記述できる。ブルックナーの第一稿から最終稿への改訂がこの空間における「最短経路」をたどっているか否かは、改訂が「効率的(efficient)」であったかどうかの情報幾何学的指標となる。フィッシャー計量によって定義される「曲率(curvature)」は、版空間の「曲がり具合」を表し、改訂プロセスが「直線的」であったか「迂回的」であったかを定量化する。ブルックナーの版改訂が時に大きく遠回りをしながら最終形に至るという歴史的事実は、版空間における正の曲率として解釈できる可能性がある。

補論5 層(Sheaf)理論と版の局所的整合性

層(sheaf)の概念をブルックナーの版問題に適用することを試みよう。層理論は位相空間における「局所的情報の大域的整合性」を記述する数学的枠組みであり、圏論の重要な応用分野の一つである。

ブルックナーの交響曲を「空間 X」として捉えよう。X の点は「演奏時間上の位置」であり、X の開集合は「演奏時間上の区間」(例えば、第一楽章全体、提示部全体等)に対応する。各版 v は、空間 X 上の層 ℱ_v を定義する。ℱ_v(U)(U は X の開集合)は「区間 U における版 v の音楽的内容」であり、制限写像 ρ_{UV} : ℱ_v(U) → ℱ_v(V)(V ⊆ U のとき)は「より大きな区間の内容をより小さな区間に制限する」操作である。

層の公理(貼り合わせ公理)は、局所的な音楽的内容が大域的に整合することを保証する。

∀U = ∪U_i, s_i ∈ ℱ_v(U_i) が重複部分で一致 ⟹ ∃! s ∈ ℱ_v(U), s|_{U_i} = s_i

この層の公理は、ブルックナーの版が「内部的に整合している」という条件として解釈できる。しかし、版改訂の過程で生じる「つなぎ目の不整合(seam inconsistencies)」——ある箇所の改訂が他の箇所との整合性を乱す——は、層の公理の違反として捉えられる。

ブルックナー研究において知られている事実として、第八番の1890年版改訂においていくつかの「つなぎ目の問題」が指摘されている。第一楽章の大幅な改訂が、それに続く楽章との主題的・調性的整合性において若干の不自然さを生じさせているという指摘がある。これは層の公理が完全には満たされていない——局所的改訂(第一楽章)と大域的整合性(四楽章全体)の間に「層化の失敗(failure of gluing)」があることの音楽的反映として解釈できる。

版 v から版 w への改訂射 rev : v → w は、層の射(sheaf morphism)φ : ℱ_v → ℱ_w として形式化される。層の射は、各開集合 U に対して写像 φ_U : ℱ_v(U) → ℱ_w(U) を与え、これらが制限写像と整合する(自然変換の条件)ことを要求する。この定式化において、「第一楽章のみの改訂射」は第一楽章に対応する開集合においてのみ非自明な写像を持ち、他の楽章においては恒等写像となる「局所的改訂射(local revision morphism)」として精確に記述される。

補論6 デジタル時代のブルックナー版問題

二十一世紀のデジタル技術は、ブルックナーの版問題に新たな次元を加えている。MEI(Music Encoding Initiative)やMusicXMLによる楽譜の電子的符号化、複数版の差分表示ツール、ディープラーニングによる自筆稿解読システム——これらは版問題の研究に革命的変化をもたらしつつある。

電子的版比較システムは本書で提案した版圏の射の具体的実装として捉えることができる。各版の楽譜を MEI 形式で符号化し、その差分を計算して可視化することは、版間の射を「計算可能な形式(computable form)」に落とし込む試みである。この差分計算は、数学的には版間の「対称差(symmetric difference)」の計算であり、前章で定義した距離関数 d(v, w) の実装に相当する。

大型言語モデル(LLM)や音楽AIの発展は、版問題に対して将来的に以下の貢献が期待できる。第一に、自筆稿の機械読み取り(Optical Music Recognition, OMR)の高精度化。ブルックナーの自筆稿は読み解きが困難なことで知られるが、AIによる自動読み取りと人間専門家の校閲を組み合わせたシステムが有望である。第二に、版差異の自動分類。本書で提案した削除射・拡張射・変換射・置換射という分類は、機械学習によって自動化できる可能性がある。第三に、未知の改訂動機の推定。版の変化から改訂動機を推定するシステムは、改訂射から動機圏への逆函手の近似実装として捉えることができる。

第四に、「AI補完版」の生成。第九番フィナーレのようなスケッチのみの断片を入力として、ブルックナーの様式を学習したAIが補完版を生成することは、本書の枠組みにおいては「潜在的射の空間から特定の射を選択・実体化する」操作の AI 実装に相当する。これらの AI 応用は、本書の圏論的枠組みの「計算的実装(computational implementation)」として位置づけられる。圏論は形式的枠組みを与え、AIはその具体的な計算を担う。

本補論を締めくくるにあたり、一点を強調しておきたい。デジタル技術・AI・圏論という強力なツールがいかに発展しても、それらは「ブルックナーの音楽を聴くこと」の経験そのものを代替することはできない。版問題の最終的な判断は、常に具体的な音楽体験——コンサートホールでの生演奏、録音を通じた繰り返しの聴取、楽譜を前にしたスコア研究——に根ざしている。圏論は問いを精密化し、AIは作業を効率化するが、ブルックナーの音楽の「意味」はこれらの形式的操作のなかにではなく、音楽という時間芸術の生きた経験のなかにある。形式的分析はこの経験への扉を開くための地図であり、地図そのものが旅の目的となってはならない。

補論7 モノイダル圏とブルックナーの対位法的構造

モノイダル圏(monoidal category)は、圏に「テンソル積(tensor product)」という二項演算を加えた構造であり、「並列的な構造の合成」を記述するために使用される。ブルックナーの音楽において、複数の主題・声部・調性領域が同時に展開するという「多層的テクスチャー」は、モノイダル圏的な観点から分析できる。

モノイダル圏 (𝒞, ⊗, I, α, λ, ρ) において、⊗ は「テンソル積」、I は「単位対象」、α は「結合子(associator)」、λ, ρ は「単位子(unitor)」である。対称モノイダル圏では、さらに交換子(braiding)σ : A ⊗ B → B ⊗ A が加わる。

(𝒞, ⊗, I) : α_{A,B,C} : (A ⊗ B) ⊗ C ≅ A ⊗ (B ⊗ C)

ブルックナーの交響曲において、複数の主題素材がどのように「テンソル的」に組み合わされるかは、特に展開部において顕著である。第八番第四楽章の主題の組み合わせ(第一主題・第二主題・コラール主題の三要素が複雑に絡み合うフィナーレのクライマックス)は、モノイダル積 θ₁ ⊗ θ₂ ⊗ θ₃ として形式化できる可能性がある。

版による主題の組み合わせ方の変化(1887年版対1890年版における展開部の素材配置の差異)は、モノイダル圏においてテンソル積の「分解(decomposition)」または「再結合(re-association)」として記述できる。特に結合子 α の変化——(θ₁ ⊗ θ₂) ⊗ θ₃ から θ₁ ⊗ (θ₂ ⊗ θ₃) への変換——は、主題の「グルーピング」の変化(どの主題を先に結合して一つの「まとまり」として扱うか)に対応する。

対称モノイダル圏の交換子 σ は、主題の「順序の入れ替え」を表す。版によって主題の提示順序が変更される場合(例えば第三番の版間における主題グループの再配置)、この変更は対称モノイダル圏の射 σ として形式化できる。σ が「自然」(natural transformation の意味で)であることは、主題の入れ替えが和声・動機・形式の各レベルで整合して行われることを意味し、σ が「自然でない」ことは入れ替えが何らかのレベルで不整合を生じさせることを示す。

補論8 オペラードと音楽的複雑性の階層

オペラード(operad)は、圏論の一般化として1970年代にPeter MayおよびJim Stasheffによって導入された概念であり、「複数の入力を持つ合成操作」を記述するための数学的構造である。通常の圏における射は一つの入力と一つの出力を持つが、オペラードの「操作(operation)」は複数の入力を持つことができる。

θ(n) : n-ary operations (n = 0, 1, 2, …)

ブルックナーの版問題においてオペラードが有用となるのは、「複数の改訂動機が同時に作用して一つの版変換を生み出す」という現象を記述する際である。単純な射 f : v → w は「一つの動機による版変換」を表すが、オペラード的な操作 θ(k)(m₁, …, m_k ; v) → w は「k 個の動機 m₁, …, m_k が同時に作用して版 v から版 w への変換を生み出す」操作を表す。

第八番の1890年改訂は、少なくとも以下の複数の動機が同時に作用した結果と考えられる。指揮者ヘルマン・レヴィの拒絶への反応(外的動機1)、ブルックナー自身の第一楽章コーダへの不満(内的動機2)、第三楽章アダージョの充実への意欲(内的動機3)、当時の演奏会場の音響特性への配慮(外的動機4)。これら四つの動機が同時に作用した結果として1890年改訂射が生まれたという構造は、4-ary オペラード操作として記述できる。

オペラードの「合成(composition)」操作は、複雑な改訂プロセスの段階的な構成を記述する。例えば、「第一段階:レヴィの拒絶への対処(2-ary操作)」と「第二段階:美学的洗練(3-ary操作)」が合成されて「最終的な1890年改訂(5-ary操作)」を生み出すという階層的な改訂構造が、オペラードの合成によって精確に記述される。

オペラードの概念は、ブルックナーの版問題の研究をより高次元の数学的構造へと接続する。特に∞-オペラードや高次圏(higher category)の概念は、「版の版(versions of versions)」——改訂の改訂、校訂の校訂——という高次の構造を記述するための枠組みを提供する。これは、ノヴァーク版がハース版を批判的に「改訂」したという事実(校訂の校訂)を、高次圏論的に扱う可能性を開く。

補論9 ブルックナーの版問題と言語哲学:名前の参照と固定指示子

圏論的分析を補完する哲学的考察として、言語哲学における「固定指示子(rigid designator)」の概念をブルックナーの版問題に適用することは有益である。ソール・クリプキ(Saul Kripke)が『名指しと必然性(Naming and Necessity)』(1980)において導入した固定指示子の概念は、名前(または記述)が「可能世界のすべてにおいて同じ対象を指示する」という性質を持つことを述べる。

「ブルックナーの第八番交響曲」という名前は固定指示子であるか。クリプキ的な観点からは、「第八番交響曲」という名前はブルックナーが「洗礼を与えた(baptized)」最初の対象——おそらく1887年の初稿——を固定的に指示する。1890年版は「同じ交響曲の改訂版」ではなく、厳密には「別の交響曲」(固定指示子によれば異なる対象)となる。

しかしこのクリプキ的立場は、音楽的直感に反する面がある。われわれは通常、1887年版と1890年版を「同じ交響曲の異なる版」として理解する。この直感を形式化するために、「版横断的同一性(cross-version identity)」という概念が必要となる。

圏論的には、この問題は「対象の同一性」ではなく「対象間の同型性」の問題として再定式化できる。1887年版と1890年版は「同型ではないが関連した対象」であり、その関連は改訂射 rev : v₈¹ → v₈² によって与えられる。「第八番交響曲」という名前は、単一の対象ではなく、v₈¹ と v₈² とそれらの間の射 rev を含む「部分圏(subcategory)」全体を指示する——これが「版横断的同一性」の圏論的定式化である。

この定式化によれば、「第八番交響曲」は固定指示子でも確定記述でもなく、「版圏の部分圏への参照(reference to a subcategory of the version category)」となる。この考え方は、音楽的作品の存在論における「関係的実在論」(本書第十章で提案した立場)と整合的であり、名前が「対象」ではなく「関係の網」を指示するという新しい言語哲学的立場を示唆する。

さらに、ウンベルト・エコ(Umberto Eco)の記号論における「百科事典的意味論(encyclopedic semantics)」との接続も有望である。エコは、言語的記号の意味は辞書的定義(閉じた定義)によって与えられるのではなく、百科事典的な知識の網(開かれた関係の網)によって与えられると主張した。「ブルックナーの第八番交響曲」という記号の意味は、特定の楽譜(1887年版または1890年版)によって閉じられるのではなく、版圏全体・受容史・演奏実践・批評言説・文化的文脈という「百科事典的」な関係の網によって動的に与えられる。これは本書の圏論的分析——版の意味はその関係的位置によって定まる——と深く共鳴する立場である。

補論10 ホモトピー型理論(HoTT)とブルックナーの版問題

近年の数学基礎論において最も注目される展開のひとつが、ホモトピー型理論(Homotopy Type Theory; HoTT)である。HoTTは、ヴラジーミル・ヴォエヴォドスキー(Vladimir Voevodsky)らによって提唱された数学の基礎的枠組みであり、型理論(特にマルティン=ロフ型理論)とホモトピー論・∞圏論を統合するものである。本補論では、HoTTの核心的概念である「同一性型(Identity Type)」と「一価公理(Univalence Axiom)」が、ブルックナーの版問題に対して与える洞察を探る。

HoTTにおいて、二つの対象 a と b の「同一性」は単なる命題(真偽が決まる文)ではなく、それ自体が型(型の意味での証明の空間)として与えられる。具体的には、同一性型(Identity Type)IdA(a, b) は「a と b が等しいことの証明の空間」であり、この空間がどのように構造化されているか——一点か、複数の点(異なる等しさの証明)を持つか——が対象の性質を規定する。この観点から版の同一性を再考すると、「第八番交響曲の1887年版と1890年版は同一の作品か」という問いは、単純な「はい/いいえ」の問いではなく、「両者の間の同一性の証明の空間はどのような構造を持つか」という問いに精緻化される。その空間が非自明な位相的構造(複数のループ、すなわち版間の異なる同一化の経路)を持つならば、版の関係は「同一でも非同一でもない、より豊かな何か」として記述されうる。

一価公理(Univalence Axiom)は「同型はすなわち同一である(equivalence is equivalent to identity)」という強力な主張である。これは、数学的構造において同型な二つの対象は完全に交換可能であるという「構造主義的」観点を型理論の中に定式化したものである。ブルックナー研究に適用すると、「同型な版(演奏実践上区別できない版)は同一の版である」という原則が得られる。しかしここで重要なのは「何に関して同型か」という問いである。ピッチ構造に関して同型でも、テンポ指示・強弱指示・管弦楽法において異なる二つの版は、音響的実現の圏においては異なる対象として区別される。逆に、表面的に多くの差異を持つ二つの版が、より高い抽象水準(例えば「大局的な調性計画」や「フォルムの骨格」)に関して同型であるならば、その水準では同一視されうる。HoTTは、こうした「どの水準での同一性か」という問いを、型の階層(universe hierarchy)として厳密に定式化する手段を与える。

さらに、HoTTにおけるHigher Inductive Type(HIT)の概念は、版圏の構成に新たな可能性をもたらす。HITとは、点(対象)だけでなく、点間の経路(同一性の証明)、さらには経路間の経路(高次の同一性)をも生成的に指定できる型である。例えば、「第三番交響曲の版の世界」を、ヴァーグナー版(v0)・第一稿(v1)・第二稿(v2)・第三稿(v3)・ノヴァーク版(vN)・ハース版(vH)という点と、それらの間の歴史的改訂経路(射)、さらには「ハース版とノヴァーク版は実質的に同一」という高次の同一性証明から構成されるHITとして定義できる。このHITの基本群(π₁)は版間の「改訂の巡回性」を、第二ホモトピー群(π₂)は「版評価の価値論的変動」を表現しうる。これは単なる比喩ではなく、計算機科学における証明支援システム(AgdaやCoqなどの定理証明器)によって、将来的には機械検証可能な版理論を構築する方向への第一歩となりうる。

ブルックナー研究者がHoTTに求める最も実践的な貢献は、「版の等価性の決定手続き」の形式化であろう。現在、版の優劣や真正性に関する議論はしばしば非形式的な音楽学的判断に依存している。HoTTの枠組みでは、版の等価性を型として定義し、その等価性の証明(あるいは反例)を構造的に構成することが原理的には可能である。これは、ブルックナー研究を「厳密な意味での科学」へと接続する野心的な方向性であるが、同時に、音楽的テクストの豊かな意味論的次元が形式化によって失われるリスクも孕んでいる。形式化できる次元と、解釈的・美学的判断にとどまらざるをえない次元との境界を見極めることが、この方向の研究における最重要課題となろう。

補論11 弦理論・物理学との類比:ブルックナーの「平行宇宙的版」

本補論は、厳密な数学的対応を主張するものではなく、現代理論物理学と弦理論が提供する概念的モデルがブルックナーの版問題に投じる「啓発的な類比(heuristic analogy)」を探るものである。音楽学において物理学的比喩を用いることの危険性——不当な科学的権威の借用、隠喩の字義通りの解釈——を十分に認識しつつ、以下の考察を進める。

現代の弦理論(String Theory)、特にその最も包括的な定式化であるM理論は、宇宙が11次元の超空間(10次元の空間+1次元の時間)に埋め込まれた多様体であり、われわれが観測する4次元時空は、余剰次元がカラビ=ヤウ多様体(Calabi-Yau manifold)として「コンパクト化」された結果として現れると考える。この「余剰次元のコンパクト化」という概念は、ブルックナーの版問題への精妙な類比を提供する。「観測可能なテクスト(演奏される音楽)」が4次元的な音響現象であるとすれば、「潜在的なテクスト空間(ブルックナーの全意図・全可能性の集合)」は高次元の多様体として存在し、特定の版はその多様体の一つのコンパクト化(特定の方向への次元縮退)として理解できる。異なる版は、異なるコンパクト化(異なるカラビ=ヤウ幾何)に対応し、それぞれが異なる低次元の「観測可能な物理学(演奏可能な音楽)」を生み出す。

弦理論における「ランドスケープ(Landscape)」問題もまた、ブルックナーの版問題と共鳴する。ランドスケープとは、弦理論が許容する真空状態(宇宙の可能な状態)の集合であり、その数は10^500という天文学的な数に上ると推定されている。われわれが住む宇宙は、このランドスケープの一点に過ぎない。ブルックナーの版の「ランドスケープ」は、現実に存在する数十の版よりはるかに広大な可能性空間——全ての可能な改訂の組み合わせが作り出しうる楽曲——によって構成される。実際に存在する版は、このランドスケープのごく一部の「実現された可能性」である。弦理論において「なぜこの宇宙か」という問いが「人択原理(Anthropic Principle)」によって部分的に答えられるように、「なぜブルックナーはこの版を選んだか」という問いも、演奏家・批評家・出版者という「観測者」の選択によって部分的に決定されると考えられる。

さらに、弦理論における「T双対性(T-duality)」は特に興味深い類比を提供する。T双対性とは、弦が非常に小さな半径Rのコンパクト次元に巻き付いた状態と、非常に大きな半径1/Rに巻き付いた状態とが物理的に等価である(双対である)という関係である。ブルックナーの改訂において「縮減版(小さな半径)」と「拡張版(大きな半径)」の間に類似した双対性が成り立つ場合があるという観察は、一見逆説的だが実は深い意味を持つ。例えば、第四番の1880年版(縮減的改訂)と1888年版(拡張的加筆)は、表面的には対極にあるように見えるが、共に「第一稿の未整理な素材を秩序化する」という目的において「双対」とみなしうる。この双対性の枠組みは、「どちらの版が優れているか」という問いを「両者は異なる双対的実現である」という記述に転換し、版間の優劣ではなく相補性を照射する。圏論的には、このT双対性はある函手 T: VersionCat → VersionCat^{op} として表現され、版圏の自己双対的構造を明示化する。T双対性の存在は、版圏が単なる有向グラフではなく、より豊かな対称性を持つ圏論的構造であることを示唆し、将来の版問題研究において「双対版」の系統的な探索という新たな研究プログラムを生み出す可能性がある。

最後に、量子力学の「多世界解釈(Many-Worlds Interpretation; MWI)」との類比に触れよう。MWIによれば、量子力学的測定が行われるたびに宇宙は分岐し、可能な全ての結果が別々の「枝(branch)」として実現する。ブルックナーが各版を完成させた瞬間は、一種の「測定」であり、そのたびに「ブルックナー作品の宇宙」が分岐する。われわれが生きる世界では第八番の1890年版が「正典」として広く受け入れられているが、別の「枝」では1887年版が決して改訂されることなく正典となり、全く異なる受容史・演奏実践・研究史が展開されていたかもしれない。この思考実験は、「現在の正典的版」の偶然性と歴史的特殊性を照らし出す。それは、現在われわれが「正しい版」として体験しているものが、無数の可能性の中から歴史的偶然によって選ばれた一枝に過ぎないという認識を促す。圏論は、この多世界的版空間を、各「分岐点」を余積(coproduct)として、各「世界線」を射の合成として、形式的に記述する枠組みを提供する。

付録 A:圏論の記号一覧

本書で使用した主な圏論的記号と定義の一覧を以下に示す。

𝒞, 𝒟, ℰ:圏(Category)

ob(𝒞):圏 𝒞 の対象の集まり

hom_𝒞(A, B) = 𝒞(A, B):A から B への射の集合

f : A → B:対象 A から対象 B への射

g ∘ f:射の合成(f の後に g)

id_A:対象 A の恒等射

F : 𝒞 → 𝒟:函手(Functor)

α : F ⟹ G:自然変換(Natural Transformation)

𝒞^{op}:𝒞 の双対圏(Opposite Category)

A × B:積(Product)

A + B:余積(Coproduct)

lim:極限(Limit)

colim:余極限(Colimit)

∃!:一意に存在する(there exists a unique)

≅:同型(isomorphism)

⊣:随伴(adjunction):L ⊣ R は L が R の左随伴

付録 B:ブルックナー交響曲版一覧

以下に、本書で分析したブルックナー交響曲の主要版を一覧する。各版には作曲・改訂年、校訂者、現行出版社情報を記す。

【第一番 ハ短調】

1866年版(リンツ稿):ノヴァーク校訂(1953)、Musikwissenschaftlicher Verlag Wien

1890–91年版(ウィーン稿):ノヴァーク校訂(1953)、同上

【第二番 ハ短調】

1872年版(第一稿):ノヴァーク校訂(1965)

1877年版(第二稿):ノヴァーク校訂(1965)

1892年版(第三稿):ノヴァーク校訂(1965)

【第三番 ニ短調】

1873年版(第一稿):ノヴァーク校訂(1977)

1876–77年版(第二稿):ノヴァーク校訂(1981)

1888–89年版(第三稿):ノヴァーク校訂(1959)

【第四番 変ホ長調「ロマンティック」】

1874年版(第一稿):ノヴァーク校訂(1975)

1878–80年版(第二稿):ノヴァーク校訂(1953)、ハース校訂(1936)

1887–88年版(第三稿):ノヴァーク校訂(1953)

【第五番 変ロ長調】

1875–78年稿:ノヴァーク校訂(1951)

【第六番 イ長調】

1879–81年稿:ノヴァーク校訂(1952)

【第七番 ホ長調】

1881–83年稿:ノヴァーク校訂(1954)、ハース校訂(1944)

【第八番 ハ短調】

1887年版(第一稿):ノヴァーク校訂(1972)

1890年版(第二稿):ノヴァーク校訂(1955)

ハース版(折衷版):ハース校訂(1939)

【第九番 ニ短調】

1887–96年稿(三楽章完成):ノヴァーク校訂(1951)

フィナーレ補完版:サマーレ=フィリップス=コールス=マッツーカ(2012改訂版)

付録 C:主要参考文献

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——了——